Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

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2020年6月26日

Paul J. E. Dekker, Dynamic Semantics

Springer, 2012年

評者:天本貴之


要約:「動的意味論とは何か」という問い

いきなりだが、本書のタイトルDynamic Semantics(動的意味論)を見て、読者はどのような内容を思い浮かべる、あるいは期待されるであろうか。実のところ、本書は一般に動的意味論(ファイル変化意味論(FCS):Heim 1983, 談話表示理論(DRT):Kamp & Reyle 1993, 動的述語論理(DPL):Groenendijk & Stokhof 1991 など)と呼ばれる自然言語の形式意味論の枠組みを対象にしたものではない。では、なぜこのようなタイトルになっているのか。この点を理解するためには、本書のモチベーションを知ることがなによりも重要である。本書全体のテーマは動的意味論(DS)が提案する意味概念、すなわち「文の意味とは解釈者の情報状態を更新するインストラクションである」という考えに対する強い不満にある。ふつう、ある発話を解釈するためにはその前後情報(広義の文脈)が必要である。このこと自体に反対するものはいないだろう。したがって、情報状態や文脈の「アップデート」という観点から意味の理解を捉える必要があることに著者も同意する。けれども、著者は次の点を指摘する。文や文を構成する表現がもっている「意味」そのものがそのような「アップデート」であるとするなら、ある文を読む人の状態はかならずその文がもつ指示にしたがって自動的に更新されることになる。これは奇妙である。というのも、かりに言葉の表現の意味自体が我々の心の状態などを書き換える力だとするなら、その「言葉」はなかば強制的に解釈者の状態を変えてしまうことにもなるからだ(とはいえ、言語の公共性という観点からいえば、話されたり書かれたりした言葉はその時点で解釈者になんらかの影響を与えるという考えもそれほどおかしなことではないが)。たとえば

 An apple is red.
 (あるりんごは赤い。)

という文の意味は、「あるものが赤いりんごであるという情報によって我々の(こころの)状態を更新せよ」という意味を持つのであろうか。それは違う。「あるりんごは赤い」という表現はあくまでもあるりんごは赤いという世界にかんする情報を意味として持っているにすぎない。したがって著者の言葉を借りれば、「意味はなにもしない」のである(本書p. 8)。しかしながら、意味をこのように静的に捉えたとしても、ことばの解釈がもつダイナミックな側面を無視することはできない。

 An apple was on the table. It was so sweet.
 (あるりんごがテーブルの上にあった。それはとっても甘かった。)

この談話の「あるりんご」と「それ」には明らかに照応的なつながりがある。したがって、代名詞「それ」の解釈にはこの「情報のリンク」が反映されていなければならない。動的意味論は特にこのような不定表現を先行詞にもつ談話照応を分析するために、意味概念を動的にするというアプローチを採用したのであった。意味を動的にすれば、たしかに文脈情報を後続へと受け渡していくことができるようになるからだ。これに対して著者が本書で企図しているのは、表現の「意味そのもの」、つまり「意味論的値」は従来の真理条件をベースにした静的なものを維持しながらも、その値を言語表現に割り当てるまさに解釈システムとしての「意味論」に動的な側面を反映させることにある。そして実際に諸所のデータを分析することで、言語の「意味」として動的な意味概念を採用しなくても自然言語のダイナミックな側面を説明することができることを示していく。動的なのは「意味」ではなく、「意味論」なのである。本書はこの主張を多角的に検討したものであるといえるだろう。

本書は著者Dekkerが2000年前後から数えて約10年間にわたりアムステルダム大学で行った動的意味論の研究成果を(かなり)凝縮したものである。そのためか(著者自身が「モノグラフ」というように)、全体の分量は内容に比して少ない(References, Indexを含め全127ページ)。全五章構成。第一章と第五章はIntroductionとConclusionであり(それぞれ5ページと1ページしかない)、ほぼすべての内容が第二章から第四章にある。第二章では著者が提案するPredicate Logic with Anaphora (PLA)が導入される。そこではPLAの動機と理論的背景、その論理的性質などがともに示され、ロバ文照応などを中心としたメジャーなデータの分析がなされる(ロバ文照応:先行詞と代名詞は照応関係にあると思われるのに、代名詞が指示的にも束縛的にも照応的に解釈できず、なぜか説明が難しい例としてよく知られている("Every farmer who owns a donkey beats it." など)。理論の説明力を試すテストデータとして扱われることが多い)。したがって、ここが本書のコアとなる。第三章では主にモダリティの観点からPLAの内包的拡張が行われ、話し手や聞き手の状態がどのように発話をサポートしアップデートするのかが定義される。この章では主に個体情報のアップデートを扱うDPLと(様相の観点から)可能世界のアップデートを扱うアップデート意味論(Veltman 1996)を組み合わせたGSVシステム(Groenendijk et al. 1996)が批判の対象となり、GSVの機能をいかにPLAに取り込んでいくかという議論の流れになっている。章末では意味論・語用論における文脈主義の話題なども論じられている(いまではこの文脈主義の議論はやや古くなった印象はあるが)。この第三章でも導入される定義やデバイスが多く、扱う対象が内包になることから読者は具体的な理解にやや苦労するかもしれない。けれども第四章を理解する上で重要なポイントが多いため、根気強く読むことを勧める。特にα-conversionの観点からDSの問題点を指摘し、PLAの優位性を議論する箇所は理論的にも重要であり注意を払う必要がある(この点については第二章でも言及されている)。第四章では一般量化や、様相、命題的態度が相互に絡み合う照応の問題へと展開し、最後に情報状態という観点から状況意味論が検討される。ここで分析される特徴的なデータはいわゆるHob-Nobセンテンスである。また、状況意味論のセクションではPLAの仮想ライバルと位置付けられる状況意味論の哲学的側面に対する批判的検討がなされている。著者としてはPLAを擁護したいので当然ではあるが、状況意味論に対する批判はやや辛いものとなっている。この第四章で提示される分析はこれまでの内容を踏まえた応用編にあたり、ここも本書の売りだといえる。しかしながら、第三章と第四章の内容に踏み込むためにはどうしてもPLAの理解が必要になってしまう。したがって以下では本書の主軸であるPLAのアイデアをかんたんに紹介し、このシステムがどのように動くのかを例示することで本書の要約としたい(著者自身もこの第二章が先を読み進めるかどうかを判断する上で重要なポイントになると述べている。本書p. 5)。関心をもたれた読者はぜひ本書の第三章以降に挑戦していただきたいと思う。

著者が提案するPLAは基本的にStalnaker 1978, 1998の言語哲学にもとづいたものであり、照応の分析に動的な意味概念は不要であるという見解がベースにある。けれども、実際の言語データはたしかにダイナミックな概念を要求しているようにみえる。そこで著者は標準的な一階述語論理(PL)を拡張し、次の二つの特徴を取り込むことを試みる。

第一に、不定表現(an appleなど)の使用は(確定表現(the appleなど)の場合のように)話者の指示的な意図(referential intentions)をともなう。そのため、不定表現は話し手によって意図された対象を導入する。後続の代名詞を不定表現との共指示として解釈することができるのはこのためであり、このように照応を捉えるのが自然であるという考えがPLAにはある。標準的なDSの枠組みでも、不定表現は何か新規の対象を談話文脈上に導入する役割を持つとされている(それらは談話指示子や談話マーカー、ランダムアサイメントといった形を取ることが多い)。けれども、PLAにおける不定表現の扱いは話し手の指示的意図に結びついた対象を導入するという点でDSよりも強い主張をしているといえる。

第二に、談話におけるシークエンス解釈を認めるというものである。たとえばミニマムな談話を二つの主張の連言$\phi$ $\wedge$ $\psi$で構成すると、文$\phi$が文$\psi$に文字通り先行するという事実を受け入れる。これはまさに談話は順序通り解釈する必要があり、もし各文の順序を入れ替えるなら談話全体の意味が変わる場合があるという談話のダイナミックな特徴を考慮したものである(以下の(1)の文の順序を入れ替えてみるとよい)。したがって、$\phi$ $\wedge$ $\psi$と$\psi$ $\wedge$ $\phi$が同じ意味を持つとは限らないのである。

これらの点は一見すると通常の動的意味論の主張と変わりないように映る。しかしながらPLAで重要なのは、このような情報伝達のダイナミックな側面が語用論的に与えられるという点である。具体的に述べよう。PLAの文の解釈は通常のモデル$M$、アサイメント関数$g$に加えて、ウィットネスシークエンス(sequences of witness) $\hat{e}$: $e_{1}$ $\ldots$ $e_{n}$ $\in$ $D^{n}$という個体の列と相対的に実行される。このウィットネスの導入がPLAの第一の仕組みである。ウィットネスとはある種の語用論的パラメータであり、談話の中で不定表現が使われたときに話し手の意図によって導入される個体である。また、ウィットネスはその並びによってそれらの個体がどのような順序で導入されたのかという情報も記録する。たとえばかんたんな談話を例にとってみよう。

(1) A student bought an apple. She gave it to a friend.
(学生がりんごを買った。彼女はそれを友人にあげた。)

このとき、まず話し手は何かある学生とあるりんごを頭のなかに思い浮かべているはずである。この事実を反映したものがウィットネスであり、話し手の指示的意図をトリガーとして特定の個体を語用論的に導入しておくことで、それらを後続の解釈で利用することを可能にする。PLAにおける二つ目の仕組みは代名詞の翻訳に独自の記号を用意することにある。PLAにおいて代名詞の翻訳は自由変項ではなく、PLAの代名詞項$p_{i}$に翻訳される。この$p_{i}$は「ウィットネス$\hat{e}$の中の$i$番目の個体」、つまり$\hat{e}_i$を参照するものとして解釈される。したがって、二文目の「She」と「it」は代名詞項$p_{1}$と$p_{2}$に翻訳され、ウィットネスの中の該当する個体を参照することになる。実際に(1)をPLAがどのように分析していくのかを示そう。

まずここで必要になるPLAの解釈についてのみ簡潔に説明しておく。PLAはPLをベースにしているため、パラメータにウィットネスシークエンスが追加されるという点を除いて、基本的な項や述語、原子文の解釈はPLと大きな違いはない。したがってPLAで大きな意味を持つのは、ダイナミクスにかかわる存在量化文と連言の解釈である(代名詞項については既に述べた通りである)。存在量化文の場合から述べよう。PLAでは存在量化子の現れは新たな個体(たとえば$b$)をウィットネスとしてシークエンスの先頭に導入する。その個体を追加したシークエンスのもとで存在量化文は解釈されることになる。かんたんにいえば、存在量化子が一つ現れるごとにウィットネスもひとつ増え、量化スコープの中の文は束縛変項をそのウィットネスに置き換えて評価される。そして、導入されたウィットネスが実際に存在量化子の埋め込み文の変項を充たすウィットネスである場合、そのウィットネスのもとで存在量化文は正しく解釈される(ただしここで、量化スコープ内の埋め込み文を評価するウィットネスシークエンス自体が増えるわけではない点に注意が必要である。たとえば$\exists x(Fx\,\wedge\, p_{1})$が新たに導入されるウィットネス$b$を含むシークエンスのもとで真になるのは、文$Fx$の変項$x$に$b$を割り当てるアサイメント関数$g[x/b]$と、そのウィットネス$b$を除いたウィットネスシークエンスの下で$Fx\,\wedge\, p_{1}$が真になる場合である。もしウィットネス$b$が$Fx\,\wedge\, p_{1}$を評価するウィットネスシークエンスに入ってしまうと、代名詞項$p_{1}$はインデックスが1であることから、シークエンスの先頭にあるウィットネス$b$を値として参照してしまうことになる。けれども代名詞は基本的にそれが現れる以前の文に先行詞を持つという点から考えると、これはおかしい。したがって、存在量化文が導入する新たなウィットネスが、同じ文にある代名詞項の指示対象になることを阻む条件が必要になるのである。いずれにせよ、存在量化子は新たなウィットネスを導入し、そのウィットネスを使って存在量化文が解釈されると理解していただければよいだろう)。次に連言の場合である。連言$\phi$ $\wedge$ $\psi$は、第一文$\phi$で導入される(かもしれない)ウィットネスをシークエンスに加えて$\phi$を評価し、次に第二文$\psi$で導入される(かもしれない)ウィットネスをシークエンスに加えて$\psi$を評価するよう規定される。つまり$\phi$ $\wedge$ $\psi$全体は$\phi$と$\psi$の両方が導入するウィットネスのもとで評価されるが、そこには導入されるウィットネスの順序に対する制約があるのである。このようなかたちで連言を設定することにより、先行詞にあたるウィットネスの情報を引き継ぐことが可能になる。したがって、後続文の中の代名詞が必要なウィットネスをきちんと参照できるように構成されている。最後に、文の真理はその文を充足するウィットネスシークエンス、つまり文を充たす特定の個体列が存在するかどうかという観点で規定される。

さて、このような考えの下でまず(1)の第一文を次のように形式化する。PLの場合と同じく、PLAにおいても不定表現は存在量化文に翻訳される。

A student bought an apple. $\rightsquigarrow$ (2): $\exists$$x(Student(x)$ $\wedge$ $\exists$$y(Apple(y)$ $\wedge$ $Bought(x,\,y)))$

ここでこの文が発話される前のウィットネスシークエンスを$\hat{e}$(初期文脈とみなしてもよいだろう。この例では空なので無視しても構わない)、話し手の指示的意図によって「a student」と「an apple」が導入する個体をそれぞれ$c$と$d$とすると、充足関係は次のように決まる。ここで$\hat{e}$ $\models_{M,\,g}$ $\phi$はモデル$M$、アサイメント関数$g$と相対的に任意のウィットネスシークエンス$\hat{e}$が文$\phi$を充足することを意味する。$I$はモデル$M$の解釈関数である。

$cd\hat{e}$ $\models_{M,\,g}$ (2) $\mathrm{iff}$ $c$ $\in$ $I(Student),$ $d \in I(Apple),$ and $\langle c,\,d \rangle$ $\in$ $I(Bought)$
(個体$c$は学生であり、個体$d$はりんごであり、$c$は$d$を買った(という関係にある))

次に(1)の第二文を(3)のように翻訳し、「a friend」が導入する個体を$b$とする。この$b$はここで新しく導入される個体のため、同じ文に現れる代名詞「She」と「it」(つまり代名詞項$p_{1},\,p_{2}$)の指示対象になることはない。したがって、代名詞項の参照先は$b$を除いたウィットネスシークエンスをもとに考える必要がある。よって、$p_{1}$は$b$を除いたシークエンスの一番目の個体$c$を、$p_{2}$は二番目の個体$d$を指示している(ただしこの代名詞項のインデックスは、談話がさらに進んで不定表現や代名詞が増えるにつれて、その分だけ変動する可能性があることに注意。本書ではこのような点もフォローされている(本書pp. 36–38))。

She gave it to a friend. $\rightsquigarrow$ (3): $\exists$$z(Friend(z)$ $\wedge$ $Gave(p_{1},\, p_{2},\,z))$

$bcd$$\hat{e}$ $\models_{M,\,g}$ (3) $\mathrm{iff}$ $b$ $\in$ $I(Friend)$ and $\langle c,\,d,\,b \rangle$ $\in$ $I(Gave)$
(個体$b$は友人であり、$c$は$d$を$b$にあげた)

最終的に(1)は次の解釈を得る。

$bcd$$\hat{e}$ $\models_{M,\,g}$ (2) $\wedge$ (3)
$\mathrm{iff}$ $cd$$\hat{e}$ $\models_{M,\,g}$ (2) and $bcd\hat{e}$ $\models_{M,\,g}$ (3)
$\mathrm{iff}$ $c \in I(Student),$ $d \in I(Apple),$ $\langle c,\,d \rangle$ $\in I(Bought),$ $b \in I(Friend)$ and $\langle c,\,d,\,b \rangle$ $\in I(Gave)$
(学生$c$は買ったりんご$d$を友人$b$にあげた)

この解釈は代名詞照応をきちんと反映しているといえるだろう。したがって、このようなウィットネスが存在すれば、この談話全体を正しいものとして解釈できることになる。

PLAの考えをまとめよう。まず話し手や書き手は何らかの対象を指示する意図をもって不定表現を使用すると前提される。それは文脈情報の中に話し手が意図した個体を導入することを意味する。そのような個体は語用論的情報としてのパラメータのひとつ、ウィットネスとして記録される。ウィットネスにはその並びによって、どのような順序で個体が導入されたかの情報も含まれている。つぎにその個体を指示する代名詞が使用された場合、その代名詞は自身のインデックスを頼りにシークエンスの個体を参照する。シークエンス内で正しい個体がピックアップできれば、代名詞は照応的に解釈できることになる。このように、話し手の意図によって導入されたモノが根拠になることで照応の自然な説明を可能とする。ここにはもはや動的意味論の提示するような「不自然な意味概念」は存在しない。「意味」自体はすべて静的なモノである。ダイナミックなのはPLAの意味論、つまり言語の「解釈」だけだ。PLAは「動的意味論」とは何かという問いに対してDekkerが与える一つの答えなのである。これこそ本書が「動的意味論」というタイトルを持つ理由だ。非常にユニークな試みである。

*補足として、PLAの照応処理プロセスを少しだけ説明しておく。特に関心がなければ、ここは読み飛ばすことができる(より詳細な議論は本書のp. 18~を参照してほしい)。まずPLAにはレングス(length)という考えがある。簡単に言えば、使われている存在量化子の数と代名詞の数を表すものである。レングスは統語的対象を扱っているが、あくまでも談話の語用論的情報であることに注意して欲しい。照応解消はおおまかに次のようなプロセスを踏む。

  1. 不定表現が使用される: 文の中で不定表現が使われた数、つまり$\phi$の中の存在量化子の数だけウィットネスを導入する。それは個体列$\hat{e}$としてパラメータに記される(この$\hat{e}$は便宜上ウィットネス全体を表している)。その数を$n(\phi)$とする。これはウィットネス(つまり個体列)の長さを表す。$n(\phi)$は代名詞照応のドメインとなる。
  2. 代名詞が使用される: 導入された代名詞の数をカウントし、それぞれにインデックスをつける。導入されている代名詞のなかで最も大きなインデックスを$r(\phi)$とする。つまり $r(\phi)$は$\phi$の中にある代名詞の総数を表す。$r(\phi)$は代名詞照応のレンジとなる。
  3. 照応解消⑴: $n(\phi)$ = 0 の場合、$\phi$で不定表現は使われてないから$\phi$はクローズされているという。$r(\phi)$ = 0 の場合、$\phi$は照応的に解消されたという。$\phi$に代名詞が現れていなければそもそも$r(\phi)$ = 0だが、この場合は$r(\phi)$ = 0になれば照応が解消されるという使い方が主になる。
  4. 照応解消⑵: 代名詞照応で問題になるのは、主に談話における不定表現との照応であった。そもそも代名詞と照応関係にある不定表現は、代名詞が導入されている文($\psi$としよう)以前に現れているはずである。したがって、$\psi$の代名詞$p_{i}$のインデックスについて、$i$ $\leq$ $n(\phi)$なら先行文$\phi$の中の不定表現を参照できることになる。つまり$\phi$で不定表現が導入され$\psi$で代名詞が導入されている場合、$r(\psi) − n(\phi)$が0以下、すなわち $r(\psi)$ $\leq$ 0 になれば照応が解消されたといえる。逆に$n(\phi)$ $\leq$ $i$なら、$\phi$の中に求める不定表現がないから$\phi$よりもさらに前にさかのぼって先行詞を探すことになる。このようにして代名詞の照応先がすべて参照できたとき、照応は解消されたといえる。

このシステムは意味の連続性、つまり情報シークエンスとしてのダイナミクスを反映している。けれども、ここに動的な意味概念はいっさい現れていない。

本書のコメント

標準的な「動的意味論」の説明を別の方法によって理論化できないかと考え、具体的な形式システムにまで落とし込んだ点は高く評価されて然るべきである。扱われている事例も多岐にわたり(本稿では全く言及できなかったが)、PLAの分析能力に期待させる。著者同様、動的意味論の意味概念に疑問を持つ読者には、その方法論だけでなく哲学的背景に関しても得るものがあるだろう。近年、語用論的観点から自然言語の動的側面を再評価する流れがあり、本書もその一部に位置付けることができる。けれども、本書が他の語用論的アプローチと一線を画すのは、意味表示の操作という観点でも動的概念を導入していないという点にある。まずよく知られているように、DRTでは談話表示構造(DRS)という、言葉と意味のあいだにある中間的な意味表示(心的表示ともとれる)を操作することで意味のダイナミクスに対処する。したがって、DRTにとってこの意味表示は必須である。DPLはDRSのような中間表示を設定する代わりに意味概念そのものを動的に規定することでダイナミクスに対処した。しかしDPLでは文の意味を個体に対するアサイメント関数の変化として考えるので、アサイメント関数という形式言語的デバイス(表示的要素)が「意味」に入りこんでしまっている。この点からDPLもある程度は表示的なシステムであるといわざるをえない。近年の語用論的アプローチには、このDPLの動的意味概念を語用論的側面として説明しようとする試みがある。たしかにそれによって意味論は動的ではなくなるが、それでもなんらかの表示的な対象を「意味」として演算することに変わりはない。対して、本書で提案されているPLAでは、そのような言葉の「意味」としての表示的要素は意味論にも語用論にも一切現れていない。「意味」は「モノ」としての個体からなり、文の意味はそれらに関する真理条件でしかないのである。Dekkerの提案するPLAは語用論的情報を考慮して意味論を構成することで、自然言語のダイナミックな側面を説明できるように設計されている。したがって、「意味論」が主に記号と意味の関係を解明する学であるとするなら、PLAもまたDynamic Semanticsと名乗る権利がある。既存の動的「意味」論とは異なる新しい動的「意味論」の枠組みとその可能性が示された本書は、「意味」のダイナミクスを問う試みの一つとしても大きな価値があるといえるだろう。

本書のセールスポイント(PLA)は要約でもある程度述べたので、以下ではやや注意すべき点についてコメントする。(ある意味では)タイトルからもわかるように、本書では動的意味論の知識がかなり前提されており、分量の観点からも読者に対する基礎的なサポートはほぼ無いと思ってよい。したがって、動的意味論の文脈で通常扱われるDPLやDRT(FCS)を学習したい場合、本書は最適なマテリアルとは言えない。この点を本書に求めた読者は期待を裏切られることになるかもしれない。やはりタイトルは紛らわしく、もう少し工夫すべきだったのではないかと個人的には思う(“Dynamic Semantics”というダイレクトなタイトルをつけることにインパクトがあったわけだが。実はこのタイトルのみにつられて本書を手に取ろうとした奇特な読者に対する警告の意味を込めて、本書評を著した次第である。もう一度言おう。本書の内容はたしかに自然言語のダイナミクスを扱うものではあるが、一般的な「動的意味論」を対象にしたものではない)。しかし本書の内容やその研究論文集的性格を鑑みると、これらはかならずしも欠点とは言えない。ただ、タイポや謎の数字挿入など、(やや不思議なほど)校正に問題がある。議論構成や英語自体もそれほどわかりやすいとはいえないので、本書を理解しようとするには内容面以外にもある程度の忍耐が必要である(本書の第二章と第三章は主に定義と観察事実によって成るため、余計に無味乾燥な感じを受けるのかもしれないが)。テクニカルレポートに近いものとしてドライに読むのもよいだろう。

最後に一点、内容についても指摘しておく。PLAにおいてもっとも重要なのは、言うまでもなく語用論的な指示的意図である。不定表現の使用は指示的意図をもち、意図される対象を導入するという前提があるからこそ「動的意味」に依らない照応の分析が可能になり、ひいてはこのシステム全体が成り立つ。けれども、もちろんこの説明に疑問がないわけでない。そもそも不定表現を使うときはいつでも、話し手は意図した特定の対象を思い浮かべている、なんてことはあるのだろうか。この点についてLewis, Kが(やや面倒ではあるが)面白い例を出しているのでその一部を紹介しよう。

シナリオ: 私はちょっと変わったことを信じている。黒猫が前を横切ると、それはいつでも、ある女性がどこかで亡くなったというサインだと信じているのだ(この場合、亡くなった女性が一人以上いても私の信念とは整合的である)。私は特定の黒猫と特定の女性になにか因果関係があるなんて思っていない。しかも、黒猫を見たあとすぐに雨が降れば、亡くなった女性は若く、雨が降らなければその女性は年寄りであったと思っている。さて、ある黒猫が私の前を横切り、突然雨が降り始めた。で、私はこう言うのである。

A woman has died. (あぁ、女性が亡くなった。)
She was young.   (彼女は若かったんだなぁ。)

(Lewis 2011, pp. 137ff.)

ここで我々は「a woman」によって、「She」の値になるような特定の女性を意図して思い浮かべているだろうか。もしそれが指示的意図によるものでない場合、話し手の信念に関する因果的な情報源なども考慮するべきなのか(ここではその情報源が「黒猫」であるというのがポイントである)。Lewisはどちらに対してもNoという。この指摘が正しいとするなら、指示的意図の説明を完全に維持しながらPLAを擁護できるだろうか。あるいは何らかの修正や放棄が必要になるのだろうか。本書評では扱えなかったが、第三章で導入される個体概念としてのウィットネスと概念カバーという考えを用いれば、ある程度この問題に対処できるかもしれない。読者にはぜひ第三章以降に進んでいただき、考察を深めていただければと思う。

文献案内

動的意味論自体は新しい枠組みではないため、それ自体を学びたい場合、少し探せばすぐに多様な文献が見つかるだろう。しかし、比較的アクセスしやすくかつ日本語で読めるものとなると、やはり形式意味論の入門書にあたるしかない。近年のもので一冊あげれば吉本・中村 2016がDPLとDRTを扱っている。形式意味論全般の入門書としてはモンタギュー文法ベースのGamut 1991やチョムスキー流生成文法ベースのHeim & Kratzer 1998がよく読まれてきたが、本稿ではvan Eijck & Unger 2010を勧める。この本ではプログラミング言語のHaskellを用いて、形式意味論をベースとしたかんたんな自然言語処理を学ぶことができる。何かを習得する場合、細かい理論の話よりも実際に具体的な練習から入ってしまった方が早い場合が少なくない。特に形式意味論はそのフォーマルな性格からしてプログラミングにも向いている。それゆえ、この本では形式意味論を実践的観点から学ぶことができるだろう。練習問題もよくできており、すべての問題に対して解答が用意されている(著者たちのウェブサイトからダウンロード可)。形式意味論に限らず、論理学系の本では練習問題に対して解答がないというパターンが多い。そのため、独学が可能という点でもこの本は評価できる。理論のみならず、プログラミングにも関心のある読者は検討に値する一冊であるといえよう(この本が「形式意味論」の入門書といえるかどうかは正直微妙なところではあるが)。

本書のテーマにまつわる導入的文献としては、以下のものを勧める。まずYalcin 2012, 2013はFCSベースの動的意味論の概説であるが、本書と同じく「意味概念が動的である必要はあるのか?」という哲学的モチベーションが背景にある。したがって、本書の内容に関心があり、動的意味論の基本的考えも学びたい向きにお勧めである。Lewis 2017もまた比較的新しい動的意味論のサーヴェイであるが、意味の動的性質という観点から意味論・語用論の境界問題について扱っており、他の概説とは趣を異にしている。おなじくLewis 2014ではケーススタディをベースに動的意味論の主張を検討している。Rothschild & Yalcin 2015, 2016では意味の静的性質と動的性質のフォーマルな定式化を企図しており、意味概念とそのシステムにかんする形式的考察の一例として参考になる。これらの論文に共通するのは、「なんらかの段階で動的概念が必要になるとしても、意味の基本概念が動的である必要はない」という主張である。他の哲学的問題と同じく、この問題にかんしても決着はついていない。

参考文献

  1. van Eijck, J & Unger, C. 2010. Computational Semantics with Functional Programming. Cambridge University Press.
  2. Gamut, L. T. F. 1991. Logic, Language, and Meaning, Volume 2: Intensional Logic and Logical Grammar. Chicago: University of Chicago Press.
  3. Groenendijk, J & Stokhof, M. 1991. Dynamic predicate logic. Linguistics and Philosophy, 14(1), 39–100.
  4. Groenendijk, J, Stokhof, M & Veltman, F. 1996. Coreference and Modality. In: Shalom Lappin (ed.) The Handbook of Contemporary Semantic Theory. Oxford: Blackwell. 179-213.
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  8. Lewis, K. 2011. Understanding dynamic discourse. Rutgers University Dissertation.
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  17. Yalcin, S. 2013. Introductory notes on dynamic semantics. https://www.dropbox.com/s/4id64r39kj4c0q2/Yalcin%202013%20dynamic%20notes.pdf?dl=0 Last access date: 2020/06/06.
  18. 吉本啓・中村裕昭. 2016. 『現代意味論入門』. くろしお出版.

出版元公式ウェブサイト

シュプリンガー

https://www.springer.com/jp/book/9789400748682

評者情報

天本 貴之(あまもと たかゆき)

慶應義塾大学文学研究科博士課程。専門は言語哲学、意味論、語用論。主な論文に「照応と動的アプローチ: 動的意味論の近年の展開」(三田哲学会編『哲學』、2020年)など。

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