Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2021年4月15日

Nicholas Shea, On Millikan

Wadsworth, 2004年

評者:濵本 鴻志

Tokyo Academic Review of Books, vol.13 (2021); https://doi.org/10.52509/tarb0013

はじめに

本書は、ニコラス・シェイNicholas Sheaによって書かれたルース・ミリカン Ruth Millikanの哲学への入門書である。本書はWadsworth社から2004年に出版された。出版からすでに15年以上が経過しているが、管見の限り、現在でもおそらく唯一のミリカンの入門書・概説書である。 本題に入る前に、まずは本書の主役であるルース・ミリカンという哲学者を簡単に紹介しておこう。ミリカンは1933年にフィラデルフィアで生まれ、2021年には88歳を迎える存命の女性哲学者である。ミリカンはオーバリン大学で学士号を取得し、イェール大学でウィルフリッド・セラーズの指導を受け、1969年に博士号を取得している。ミリカンは言語哲学・心の哲学・生物学の哲学・心理学の哲学・存在論など幅広い分野で多くの業績を持っており、とくに目的論的機能の概念による志向性の自然化の研究で知られている。ミリカンはジャン・ニコ賞、ショック賞をはじめ数々の賞にも輝いている大物である一方、現在も研究を続けている現役の哲学者でもある。

さて、この書評の構成は以下の通りである。次節では、本書の構成と各章の内容を簡単に述べる。本書は入門書であるため、議論の検討などに踏み入ることはしない。その後、本書へのコメントと評価を提示する。最後に、文献案内をして終わる。文献案内では、本書の出版後の研究動向や日本語圏での議論状況を紹介したい。

本書の構成

本書は計100頁とコンパクトな本であり、おそらく(評者の知る限りで)世界で唯一のミリカンの入門書である。本書は、短い前書きと全6章の本編、そしてその総ページ数に比して豊かな文献案内で構成されている。本書では、シェイによるオリジナルな議論が展開されるのではなく、あくまでミリカンという一人の哲学者の研究内容をわかりやすく「初学者」向けに解説したものである(鍵括弧を付した理由は後述する)。

本書を前半と後半の二部に分けるとすると、最初の三章がこの本の前半部分にあたる。この前半部分では志向性の自然化に関するトピックを扱っており、本書のメインはこのパートにある。第1章では、志向性の自然化の問題が提起され、それが独特の困難を持っておりなかなかに解決が難しい問題であることが論じられる。この志向性の自然化のために、ミリカンは目的意味論と呼ばれる立場を打ち出したわけだが、本書第2章では、なぜミリカンがこうしたブレイクスルーを生み出せたのかについてミリカンの生い立ちまでさかのぼって掘り下げられている。第3章では、目的意味論についてさらに詳細に論じられており、それだけでなく最後の節ではいくつかの反論を紹介しそれらへの再反論も提示されている。

本書の後半部分は、志向性の自然化に関連しつつもそれぞれ独立した研究トピックを3つ取り上げている。第4章では、ミリカンの概念と実体についての議論を紹介している。第5章では、ミリカンの情報の哲学を扱っている。最後、第6章では、シェイはミリカンの哲学的立場を貫くテーマに外在主義があるとし、独自の整理を述べて本書を終えている。

本書は、およそ2004年までのミリカンの主要研究をわかりやすく概説したものであり、あえてミリカンの研究の進展を初期、中期、後期と3つに区分するならば、本書は初期と中期を扱ったものとみなすことができる。具体的には、1984年に出版された主著Language, Thought, and Other Biological Categories(通称、LTOBC)と、LTOBCの入門的・応用的論文が集められ1983年に出版された論文集White Queen Psychology and Other Essays for Aliceの頃を初期とし、概念と実体についての研究書であるOn Clear and Confused Ideas(2000年)、2002年のジャン・ニコ講義が元になっている2004年のVarieties of Meaning及び2005年の論文集Language: A Biological Modelまでを中期とする。そして、その後の研究を後期とみなす。2017年の単著Beyond Concepts: Unicepts, Language, and Natural Information以降も後期に含めてよいだろう。以上の区分は評者が勝手に設定したものだが、本書の構成でいうと、シェイによる問題提起である第1章を除いて、前半の第2章と第3章は初期ミリカンに、後半の第4章と第5章は中期ミリカンにおおむね対応していると考えてよいだろう。とりわけ、第3章は “Biosemantics”(White Queen Psychology and Other Essays for Alice所収)及びLTOBC、第4章はOn Clear and Cofused Ideas、第5章はVarieties of Meaningのための手引きとなっていると考えてよいだろう。

評者によるコメント

本節では、評者の観点から本書へのコメントを述べよう。まずは本書の持ついくつかの長所について述べ、次に本書にあるいささかの短所を指摘したうえで、最後に本書の入門書としての使い勝手・使いどころという観点から総合的な評価を提示するという順で進める。

ミリカンの入門書を誕生させたという点だけでも本書は十分に意義深いものであるように思われる。ミリカンは心の哲学・言語哲学・生物学の哲学・心理学の哲学・存在論など幅広い分野での輝かしい功績によってよく知られた現代哲学者であり、そのような哲学者の議論を手短に親切な書きぶりでまとめている本書は、現代英語圏の哲学者・哲学者志望の学生にとって大変便利な一冊となっている。2004年の出版であるものの当時最先端の中期ミリカンについてもある程度詳しく扱っており、当時は速報性という観点からも大変な有益さを持っていたことだろうと想像される。

本書は、シェイの巧みな動機づけと導入のおかげで、本来の機能(proper functions)の理論に登場する難所のいくつかを突破するための貴重で有用な道しるべとなっている。彼女の最大の哲学的貢献は、本来の機能の概念に基づく目的論的機能の概念の精緻化と、本来の機能による志向性の自然化だと言えるだろう。しかし、その肝である本来の機能の理論が開陳される、彼女の主著LTOBCの第1章と第2章は、そのあまりの難解さに悪名高いテクストでもある。実際、LTOBCの同箇所は、長々しい複雑な定式化を伴ったミリカン独自の概念が次々と導入されており、「経験者」のガイドなしでは非常に認知的負荷が高く、しかもそれらの諸概念の使い方や背景にあるアイデアが明瞭に提示されているとも言い難い。本書は、そういった概念のなかでも習得難易度の高い「正常な条件(Normal condition)」「派生的機能(derived function)」などを、それらが活躍するシナリオのなかで上手く動機づけながら背景となるアイデアとともにわかりやすく導入している。

また、本書では、随所でミリカンの研究当時の議論状況やミリカン自身のキャリアの背景などが紹介される。例えば、すでに述べたように第2章では、ミリカンの生い立ちまで掘り下げられている。ここでは、ミリカンの家系の教育方針や家庭環境から、ミリカンにとって子育てと研究の両立が長年の課題であったことにまで言及されている。ちなみに、20世紀中盤のアメリカの学術界はダーウィニズムにとって不遇の地であり、当時ほとんど異端のようだったダーウィニズムをミリカンが哲学のメインストリームに持ち込むにも勇気が必要な状況だったという旨が述べられており、このあたりはアメリカ思想史の観点からも興味深い論点かもしれない。

このように、本書はミリカンというひとりの哲学者が主題となっており、ミリカンの人間的側面や当時の時代背景や議論状況についての記述も多くなされている。この点で、いわゆる「分析哲学」のことがらベースの入門書とは様子が異なっており、人物ベースで話を進める哲学史・思想史の本のような印象もあるため、本自体の薄さも相まって清水書院の「人と思想」シリーズの一冊であるかのような印象を受ける。この点は、ミリカンのような巨大な体系的理論を打ち出すタイプの哲学者を扱う上で、好ましい特徴であるように思われる。実際、ミリカンは、体系的哲学のためのニコラス・レッシャー賞(Nicholas Rescher Prize for Systematic Philosophy)を2017年に受賞している。同賞は、専門分野の細分化傾向に抗すべく歴史的な「大問題」に取り組んだ哲学者を称えるという趣旨でピッツバーグ大学が主催している賞である。シェイによる入門の手引きは、こうした歴史的「大問題」に取り組むためにミリカンがどのような理論を打ち立てたのかのイメージ構築に役立つだろう。

これまで本書のポジティブな評価についてばかり述べてきたので、次に本書のネガティブな点についていくつか指摘しておきたい。

まず、第1章第2節で書き方が不親切な箇所が見受けられる。この箇所は、志向性の自然化がどのような仕方で難問なのかを読者に理解してもらうことを目的としており、いくつかの解決方針を単純化したものを取り上げ、それらの難点を示すという趣旨の箇所である。シェイはここで、(1)類似性説、(2)因果・情報説、(3)推論役割説、(4)道具説、(5)神説の5つを取り上げるが、このうち特に(3)及び(4)の箇所で、いくらか前提知識がないと挫折しかねない箇所があった。しかも、第1章第2節を読み飛ばし、第1章第1節からミリカンがメイントピックに据えられる第2章にスキップしたとしても本書の通読に支障はない。この点は、本書の入門書としての性格からして残念な点である。

次に、本書を読んだとしても、次にミリカンのLTOBCを読むにはまだ準備が足りない。「複製(reproduction)」「複製族(reproductively established family)」といったミリカンの本来の機能の理論における難解かつ重要な概念の説明が欠けているためである。本書のメインパートは志向性の自然化、あるいは初期ミリカンに関わる前半部分である。また、ミリカンの主著LTOBCは彼女の哲学のカノンでもある。これらはシェイも本書のなかで認めている。しかし、本書を読み終わったとしても、LTOBCの第1章と第2章で提示される本来の機能の理論の重要概念の定式化を読みこなすことは直ちには難しいように思われる。もちろん、定式化の難解さの原因は第一にミリカンにあるのだが、とはいえ、とりわけLTOBC第1章の最初に登場する「複製」や「複製族」といった概念をシェイが嚙み砕いて説明してくれるだけでも多くのミリカン読者が(もしいるならば)救われただろう。仮にそういった説明があればLTOBCの前準備として本書は十全なものになっただろう。

本節の最後に、本書の総合的な評価について述べよう。本書はミリカンという哲学者についての簡潔な入門書であったが、対象読者の点で謎が残るものだった。本書はいったいどのように読まれるべきなのだろうか。

まず、ミリカンという哲学者がどのような研究をしてきたのかについて、その概観を得たいプロの哲学者にとって有益な見取り図を提示している。また、文献へのガイドとして用いることもでき、例えば、ミリカンの「実体(substance)」についての考えが知りたければ、本書第4章を読んでその後On Clear and Confused Ideaに進めばよいといった情報が得られるだろう。同様に、意識や人工物といったミリカンがしばしば言及される分野の大学院生も、ミリカンがよく引用されて気になるが直接原典にあたるほどでもないという場合に、手っ取り早くミリカンについて知ることができる。

また、こうしたプロ・セミプロの哲学者がLTOBCに挑む際に、そこでのミリカンの難解なテクストを理解するために用いることができる。派生的本来機能や正常な条件といった概念が導入されたもののどう使えばよいのかよくわからないままにLTOBCの細々とした議論を追うという苦痛を幾分か和らげてくれるだろう。

では、哲学に関して専門的なトレーニングを受けていない読者にとってはどうだろうか。まず、ミリカンや目的論的機能主義で卒論を書きたいと思っている学部生には、非常に良い手引きとなろう。LTOBCをメインに扱うことは難しくとも、本書と本書を参考にミリカンの論文集から引っ張ってきた論文から、多くのことを論じうると思う。なにより、限られた時間的・認知的リソースの中で卒論を書かねばならない状況では、当たるべき文献を無駄なく教えてくれ、ミリカンのアピールポイントを明示してくれる本書の価値は大きいだろう。

次に、哲学に興味を持っているが何か論文調の書き物をするわけではない一般の読者の場合はどうだろうか。これは評者の推察にすぎないが、日本でミリカンのことを知った一般読者のほとんどは戸田山『哲学入門』をきっかけにしているのではないだろうか。戸田山流の自然主義哲学を楽しみ、志向性の自然化に興味を持った読者にとっては、『哲学入門』の2冊目に選ぶテクストとして、本書は多くの知的刺激をもたらしてくれるだろう。そして、3冊目には『意味と目的の世界』と題された邦訳もあるVarieties of Meaningに進むことができる。戸田山『哲学入門』とミリカンの邦訳をつなぐものとして、本書は最適なガイドになるだろう。ただし、本書は中古市場には定期的に出回っているもののすでに絶版となっており入手難易度がやや高く、英語で書かれているため一般読者には骨が折れるかもしれないという点がネックになってしまう。とはいえ、本書は非常に簡潔にまとまっており、翻訳が手に取りやすい価格で出版されれば公益に資するところも大きいように思われる。

文献案内

最後に文献案内を付しておく。まず、ミリカン本人の手による書籍としては次のものがある。

  • Language, Thought, and Other Biological Categories. MIT Press. 1984.
  • White Queen Psychology and Other Essays for Alice. MIT Press. 1993.
  • On Clear and Confused Ideas: An Essay about Substance Concepts. Cambridge University Press. 2000.
  • Varieties of Meaning: The Jean-Nicod Lectures 2002. MIT Press. 2004.
  • Language: A Biological Model. Oxford University Press. 2005.
  • Beyond Concepts: Unicepts, Language and Natural Information. Oxford University Press. 2017.

2番目のWhite Queen Psychology and Other Essays for Aliceと5番目のLanguage: A Biological Modelは論文集である。以上のうち、On Millikan出版時点ではVarieties of Meaningまでが出版されていたようである。このVarieties of Meaningは『意味と目的の世界』というタイトルで信原幸弘による邦訳がある。ミリカンの著作のうちで、LTOBCはカノンとして特別な位置を持っているとみなすことができるだろう。論文集のWhite Queen Psychology and Other Essays for Aliceは、LTOBCへの入門的役割を担いうるもので、所収の “Biosemantics” ではミリカンの内容の理論について簡潔に述べられている。この論文は前田高広による邦訳があり、信原幸弘編『シリーズ心の哲学III 翻訳編』に収められている。なお、 ミリカンはBrian McLaughlin編のThe Oxford Handbook in the Philosophy of Mindにも “Biosemantics” と題した論考を寄稿しているが、この2つの “Biosemantics” の中身は異なるので注意が必要である。

ちなみに、ミリカンは現在でも研究を続けており、今後もテクストが増え続ける可能性がある。2021年初頭には、目的論的機能主義業界の若手Marc Artigaの論文 “Teleosemantics and Pushmi-Pullyu Representations” への応答論文 “Comment on Artiga’s ‘Teleosemantics and Pushmi-Pullyu Representations’” がErkenntnis誌に掲載されSNS上で話題を呼んでいた。

次に、本書の執筆者ニコラス・シェイによる著作を紹介しよう。シェイは本書のほかに、表象の自然化に関する次の本を著している。

同書はオープンアクセスとなっており、オックスフォード大学出版会のwebページからダウンロードすることができるだけでなく、巻末には全段落の要約が付されてもおり、非常にありがたい一冊となっている。なお、シェイはこの本の功績により2020年のラカトシュ賞を受賞している。

また、シェイは目的論的機能主義に限らず志向性の自然化に関するサーベイ論文も書いているので紹介しておく。

  • Shea, N. “Naturalising Representational Content.” Philosophy Compass, 8: 496–509. 2013.

こちらもオープンアクセスなので無料で読むことができる。

シェイの著作以外にも、最近の英語圏の関連書籍をいくつか紹介しておこう。まず、ミリカンを主題にした書籍として、Wiley-Blackwell社のPhilosophers and their Criticsシリーズから次のものが出版されている。

  • Ryder, Dan, Kingsbury, Justine & Williford, Kenneth (eds.) Millikan and Her Critics. Wiley-Blackwell. 2012.

これには13本の論文が寄稿され、それぞれにミリカンからの応答が付されている。

また、目的論的機能主義に関する論文集が2006年に出版されている。

  • Macdonald, Graham & Papineau, David (eds.) Teleosemantics: New Philosophical Essays. Clarendon Press. 2006.

目的論的機能主義の概況について短く簡潔ながらわかりやすく書いてくれている論文として次のものがあげられる。

  • Schulte, Peter. “A guide to naturalizing semantics: Postscript,” in B. Hale, A. Miller, & C. Wright (Eds.), A Companion to the Philosophy of Language. Second Edition. Wiley-Blackwell, 190–196. 2017.

これは言語哲学のコンパニオンに第2版から付された後記である。目的論的機能主義についてすでに一定のイメージを持っている者が議論状況について知るのに有用だろう。Peter SchulteはKaren Neanderとの共著でスタンフォード哲学事典(Stanford Encyclopedia of Philosophy)の次の項目を書いてもいる。

この項目は元々Karen Neanderが執筆していたが、Neanderが2020年6月に亡くなったことを受け(R.I.P.)、Schulteが引き継ぐ形で執筆者に加わったようである。

次に、日本語で読める文献を紹介しよう。

まず、目的論的機能主義について書かれた最も入手しやすい書籍は次であろう。

  • 戸田山和久『哲学入門』筑摩書房、2014年。

この本は親切な入門書でもあり第一線の研究書でもあるという不思議な本だが、現在日本語で読める本のなかでも非常に豊かな内容を持っているし、なにより安価で初学者にとって手に取りやすい上に初学者でも内容を理解できるように書かれている。戸田山による関連文献の中でも、次のものは特に知的刺激にあふれていると思う。

  • 戸田山和久「心が先か言葉が先かの対立を終わらせる一つのやり方について」、唐沢かおり・林徹編『人文知1 心と言葉の迷宮』所収、東京大学出版会、2014年。

ミリカンの立場に特に注目して書かれた研究論文としては、次のものを挙げておく。

  • 次田瞬「目的意味論について」、『科学哲学』48(1)、17–33、2015年。

ミリカンの表象内容に関する主張を丁寧に検討した上で批判と擁護を試みている。私事だが、この論文には大変勉強させてもらった。先に挙げたSchulteの概説と合わせて読むと特に面白い。

On Millikanの短所についてコメントした際に、LTOBCの第1章と第2章で提示される本来の機能の理論の重要概念の定式化が難解だと述べた。下嶋による次の論文は、同箇所で登場する「複製」「複製族」「本来の機能」といったミリカンの重要概念の理解を大きく助けてくれる。

  • 下嶋篤「Millikanの機能理論から見た「デザイン」」、『デザイン学研究特集号』18(1)、54–57、2011年。

下嶋のこの論文を読んでおくだけで、LTOBC第1章の議論を追うのがかなり楽になるだろう。

LTOBC第1章で導入される重要概念に、さらに「正常な説明(Normal explanation)」「正常な条件(Normal condition)」を含めることもできるだろう。拙著で恐縮だが、表象内容の決定の場面での正常な説明の役割について論じたものに次の2つの論文がある。

  • 濵本鴻志「「正常な説明」再考―ミリカン解釈と連言問題―」『哲学の探求』47、164–182、2020年。
  • 濵本鴻志「目的論的機能主義にとって「正常な説明」とは何か」『哲学の門』3、日本哲学会、2021年。

前者の論文はあまり構成が良くない。ちなみに、ミリカンは「そうすると想定されている」という意味で「正常」という言葉遣いをするとき、「平均的である」という意味の用法と区別して “Normal” とNの文字を大文字で書く。

また、ミリカンの本来の機能の概念を生物学の哲学の文脈においてどのような特徴を持っているのかを理解したければ、次の論文が参考になるだろう。

  • 大塚淳「生物学における目的と機能」松本俊吉編『進化論はなぜ哲学の問題になるのか』所収、勁草書房、2010年。

心の哲学の文脈に重きを置いてミリカンを紹介するものとして、次のものを挙げることができる。

  • 信原幸弘『心の現代哲学』、勁草書房、1999年。
  • 前田高弘「志向性と目的論的機能主義」信原幸弘編『シリーズ心の哲学III 人間編』所収、勁草書房、2004年。

今読むと少し古いミリカン理解のような印象を受けるが、2000年前後に日本語で目的論的機能主義について知ることができたというのは後続の研究者に大きな影響を与えたであろうことは想像に難くない。

より新しいものとして『ワードマップ心の哲学』所収(信原幸弘編、新曜社、2017年)の2本の概説を挙げておく。

  • 片岡雅知「目的論的機能主義」
  • 前田高広「生物意味論」

なお、言語哲学の文脈では、ミリカンの本来の機能の理論とクリプキの固有名の指示の因果説を比べた次の論文がある。

  • 桐谷理「指示と直接固有機能」『科学基礎論研究』32(2)、95–98、2005年。

さて、日本語で読める関連研究としてドレツキに関するものも取り上げておこう。目的論的機能主義を打ち立てた立役者はミリカンとドレツキの2人である。目的論的機能主義を情報と機能の概念によって表象を特徴づける立場だと考えたとき、ミリカンは機能の概念を、ドレツキは情報の概念を精緻化した哲学者だとそれぞれ考えることができる。ドレツキの情報とそれによる志向性の説明についての研究は、On Millikanの第5章や、ミリカンのVarieties of Meaningを読むうえでも有益である。ドレツキの志向性についての著作は次の3冊である。

  • Dretske, Fred. Knowledge and the Flow of Information. MIT Press. 1981.
  • Dretske, Fred. Explaining Behavior. MIT Press. 1988.[水本正晴訳『行動を説明する―因果の世界における理由』、勁草書房、2005年。]
  • Dretske, Fred. Naturalizing the Mind. MIT Press. 1995. [鈴木貴之訳『心を自然化する』、勁草書房、2007年。]

後ろの2冊については邦訳もあるうえに、とりわけ『心を自然化する』の議論はLTOBCに比べ非常にクリアでわかりやすい。

ドレツキの情報概念について丁寧に解説しつつ、目的論的機能主義を動機づける論文として次のものがある。

  • 葛谷潤「エコロジカル・アプローチにおける「表象」」『フッサール研究』15、62–77、2018年。

Schulteなど英語圏の目的論的機能主義の文献を読む前にこれを読んでおくと、後が楽になるだろう。

最後に、ミリカンの本来の機能の概念の応用先として文化に関する諸研究があるということを例示しておこう。国内では、すでに文化人類学の自然化のプロジェクトが始動しているようである。国立民族学博物館の「文化人類学を自然化する」のプロジェクトのページにはミリカンや戸田山の名前を見つけることができる。

また、デザイナーが意図して作るタイプの狭義の人工物にとどまらず、人が使ったり利用したりするものを広く「物質文化(material culture)」として捉え、それに関する包括的研究を行おうという試みもある。そういった試みの中で、ミリカンの本来の機能の概念に一定の注目が払われているようだ。次の2つの文献を挙げておこう。

後者の論文はオープンアクセスになっており、web上で読むことができる。

謝辞

本書評の執筆にあたり、篠崎大河氏、葛谷潤氏、片山光弥氏の3名から有益なコメントをいただいた。3氏に感謝する。また、このような書評の場を与えてくれたTARB編集委員の横路佳幸氏と飯澤正登実氏ならびにやまなみ書房にも感謝を申し上げる。

出版元公式ウェブサイト

ワズワース出版社

出版社公式ウェブサイト上に該当ページなし

評者情報

濵本 鴻志(はまもと こうし)

修士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科博士課程。専門は言語哲学・心の哲学、とりわけ目的論的機能主義に基づく志向性の自然化。主な論文に「目的論的機能主義にとって「正常な説明」とは何か」(『哲学の門』、近刊)「「正常な説明」再考―ミリカン解釈と連言問題―」(『哲学の探求』、2020年)がある。

researchmap: https://researchmap.jp/ko_hmmt