2021年4月16日
伊藤泰男,鍛冶東海,田畑米穂,吉原賢二『素粒子の化学』
学会出版センター, 1985年
評者:山下 琢磨
序
「物質」は、原子核(陽子pと中性子nから成る)とそれを取り巻く電子e–から構成されている。化学とはざっくりといえば原子核と電子が織りなす多様性、普遍性を探求する学問であると言えるだろう。
我々の環境中には、これらの粒子の他にも、「陽電子(e+)」や「ミュオン(µ+/–)」といった素粒子が存在する。例えば、人体にも必須元素として含まれているカリウムの放射性同位体40Kは、0.001%の確率で電子の反粒子である陽電子を放出して40Arに壊変する。陽電子は最終的には物質中の電子と衝突して対消滅を起こし、ガンマ線に変換される。また、宇宙からは絶えず陽子を主成分とする一次宇宙線が到来しており、地球の上層大気と衝突することで二次宇宙線が生じる。地表に到達する二次宇宙線の主成分はミュオンであり、掌を毎秒1個通過する程度の頻度で地表に降り注いでいる。ミュオンは、電荷の正負によって正ミュオン(µ+)、負ミュオン(µ–)と呼び分ける。現在では、加速器を用いてこれらの素粒子を作り出すことができ、基礎物理学はもちろん、材料分析や医療においても利用されている。
本書『素粒子の化学』は、陽電子、ミュオン、パイオン、反陽子といった素粒子(注1)と物質の相互作用に着目して、その化学の基礎と応用を記述したものである。これらの素粒子が物質中の電子や原子核と置き換わることで、通常の原子・分子とは大きく異なる現象が現れる。このような系はエキゾチックアトム(exotic atom; “風変わりな”原子)とも呼ばれ、素粒子物理学、核物理学、原子物理学、量子化学、分析化学、医療に渡る分野横断的な領域となっている。本書のまえがきにもあるように、本書は、専門的な解説ではなく、「教科書的」な解説を目指して書かれていることが特徴である。読みやすい分量の中で広い話題が要点を押さえて記述されており、初学者にも適した書となっている。
要約
第一章「素粒子の性質」では、本書で扱う陽電子、ミュオン、中間子を中心に、素粒子の基本的な事項が述べられている。例えば、質量、寿命、スピン、パリティなどの個々の素粒子に固有の性質や、素粒子間に働く相互作用について概観されている。素粒子論としての厳密な取り扱いは控えめであるが、素粒子の発見の経緯なども交えて、以降の議論に必要なことが記述されている。
第二章から第五章までは陽電子の化学に割かれている。
第二章「陽電子消滅の基礎」では、陽電子と電子の相互作用、特に対消滅の基礎を述べたのち、対消滅によって生じるガンマ線の測定を通した分析について述べている。少し意外に思われるかもしれないが、陽電子は電子と衝突しても、必ず対消滅を起こすわけではなく、単純に散乱されることもある。また、物質中に入射した陽電子は、電子と相互作用してエネルギーを失い、やがて対消滅するが、このとき、物質中の全ての電子と均等に対消滅を起こすわけではない。例えば、原子核の近くに存在している電子とは(陽電子が原子核との斥力で接近できないため)対消滅しにくく、原子核から遠い価電子とは対消滅しやすい。物質中での陽電子の対消滅速度には、その物質固有の情報が含まれている。また、陽電子は電子と結合してポジトロニウム(positronium; Psとも書く)を形成することもある。ポジトロニウムは水素原子の陽子を陽電子で置換したものと考えることができる。ポジトロニウムはスピンの状態によって対消滅寿命が大きく異なり、一重項状態の寿命は125 psであるのに対し、三重項状態の寿命は140 nsと約1000倍長い。第二章の前半では、こういった陽電子消滅の断面積の考え方や、ポジトロニウムのエネルギー準位、固有状態、寿命について解説されている。
第二章の後半では、陽電子の(二光子)対消滅によって生じるガンマ線を利用した実験手法について原理が紹介されている。陽電子が物質に入射してから消滅するまでの時間差を計測することにより、対消滅速度、すなわち寿命を知る方法を寿命測定法と呼ぶ。また、対消滅時に放出される二つのガンマ線のなす角を測定することで、対消滅点の運動量を知る方法に二光子角相関測定がある。同様に対消滅点の運動量を知る方法として、対消滅ガンマ線のエネルギーシフト(対消滅点が静止していれば二光子対消滅において511 keVの線スペクトルを与える)を計測する方法があり、これをドップラーシフト測定と呼ぶ。このほかに、陽電子を得るためによく使われる放射性核種についても記述されている。
第三章「ポジトロン、ポジトロニウムの物理化学」では、気相中や凝縮相中に陽電子(ポジトロン)を入射した時の振る舞い、また、電子と結合してポジトロニウムになった時の振る舞いやその化学反応について解説されている。代表的な物質については実験値も交えて記述されており、読者は具体的なイメージを持つことができる。この章で初めに取り上げられている例は貴ガスである。例えば、放射性核種22Naから放出された陽電子は数百keVのエネルギーを持つが、これが貴ガスに入射すると、10 eV程度以下まで減速される(このエネルギー範囲では、対消滅断面積はイオン化断面積に比べて十分に小さい)。10 eV付近のエネルギーの陽電子は、原子から電子を引き抜いてポジトロニウムを形成し、やがて対消滅する。このような陽電子の減速過程が、寿命測定によってどのように捉えられるか、記述されている。気相の密度が高いときに見られる、ポジトロニウムバブル(ポジトロニウムによって周りの貴ガス原子が押しのけられた状態)・陽電子クラスター(陽電子を中心に貴ガス原子が凝集した状態)といった現象についても実験結果を交えた解説がある。さらに、液相、分子性結晶固体、イオン結晶、金属での陽電子の振る舞いについて解説が続く。第三章の後半ではポジトロニウムと分子の化学反応について記述されている。ポジトロニウムは「不対電子1つを持つ最も簡単なフリーラジカル」とも見なせる。種々の多原子分子との反応性について、主に陽電子寿命の観点から研究された例が紹介されている。
第四章「ポジトロニウムの形成機構」では、第三章でも取り上げられたポジトロニウムについて、その形成機構に焦点を絞って解説されている。主に気相中でのポジトロニウム形成を説明するOreモデルでは、陽電子が分子から電子を引き抜いてポジトロニウムを形成すると考える。一方で、凝縮相中でのポジトロニウム形成に適したスパー反応モデルでは、高いエネルギーで入射した陽電子が、スパー(spur; イオン化や励起の密度が高い領域)において叩き出された電子と結合してPsを形成すると考える。両モデルは様々な系でポジトロニウムの形成確率とその寿命を考察する基本として有用である。
第五章「陽電子消滅による研究例」では、陽電子消滅を利用した物質研究の例がいくつか取り上げられている。主な話題は相変化、ミセル系、多孔性物質、表面であるが、発刊から現在までに広範な系へ適用されているため、具体的な応用例は最近の文献もあたることを勧める。
第六章と第七章は、正ミュオン(µ+)の化学に当てられている。正ミュオンは加速器を用いた原子核衝突によって得られるパイオン(π+)が崩壊して生成する。このとき、正ミュオンのスピンは運動方向に100%偏極していることが知られている。正ミュオンは寿命2.2 µsで陽電子、電子ニュートリノ、反ミューニュートリノに崩壊するが、陽電子は正ミュオンのスピン方向に選択的に放出される。正ミュオンを物質中に停止させると、正ミュオンのスピンは停止位置での磁場によってラーモア歳差運動をする。これにより、陽電子の放出されやすい方向が周期的に変化する。この現象を利用して物質の構造や状態に関する情報を得る方法がミュオンスピン回転法(Muon Spin Rotation, µSR)である。
第六章「Muon Spin Rotation (µSR) の基礎」では、正ミュオンの生成および磁場に対する応答、特に陽電子の放出角度分布について簡潔に記述されている。また、正ミュオンが電子を引き抜いて形成する水素様原子ミュオニウム(Mu)についても解説されている。ミュオニウムは多くの気体、液体、非金属固体中で生成することが知られている。また、正ミュオンの質量は陽子の質量の9分の1程度であるため、ミュオニウムは水素Hの同位体と見なすことができる。この章では、ミュオニウムの磁場中での固有状態に重きを置いている。電子の磁気モーメントは正ミュオンのそれに比べて大きいため、正ミュオンスピンの歳差運動は電子のスピン回転に引き摺られた形で現れる点に注意が必要である。本章の最後の節では、µSRによる物性研究の例が挙げられている。ただし、第五章と同様、発刊から現在までに様々な進展、応用範囲の拡大があった分野であるため、併せて最近の文献も当たることを勧める。
第七章「ミュオニウム化学」では、先述のミュオニウムが、正ミュオンの入射からどのようなプロセスを経て形成されるのか、その際スピン偏極度がどのように変化するか、また、生成したミュオニウムが他の原子・分子とどのような化学反応を起こすのか、といった事柄について解説されている。「ミュオニウムは水素の同位体と見なすことができる」と書いたが、その反応性は水素と同じではない。正ミュオンの質量が陽子に比べて小さいため、同じ温度ではミュオニウムの方が平均速度が速く、速度論的に3倍程度、水素原子よりも反応速度が大きくなる。加えて、零点振動も大きく、反応の活性化エネルギーが低いことも特徴である。したがって、トンネル効果によって反応が進行する確率も高くなる。本書でも紹介されているが、例えばフッ素F2とMuによるMu + F2 → MuF + F反応における反応速度定数はF2とHのそれ(H + F2 → HF + F)に比べて5〜10倍大きいことが明らかになっている。
第八章から第十二章までは、素粒子原子の話題である。第八章「素粒子原子」の冒頭を参考にすれば、「普通の原子を構成する電子の一つを負電荷の素粒子で置き換えた人工原子」を素粒子原子と呼ぶ。ここで、負電荷の素粒子とは、電子の207倍の質量を持つ負ミュオン(µ–)、273倍の質量を持つ負パイオン(π–)、1836倍の質量を持つ反陽子( p )などを指す。総じて、電子に比べて格段に質量が大きいことがわかる。そのため、原子核と非常に大きな束縛エネルギーで結合しうる。これらの素粒子が原子や分子を構成する電子と置き換わると、周囲の電子を次々に跳ね飛ばしながら、より低い軌道へ遷移する。付近に電子がいなくなると、X線を放出してさらに低い軌道へ遷移し、最終的には基底状態に至る(負パイオンの場合には基底状態に至る前に核に吸収される)。この一連の過程をカスケードと呼ぶが、このような振る舞いは、これまでの章で解説されてきた陽電子や正ミュオンとは大きく異なることがわかるだろう。
第八章では、上述のカスケード過程について概観した後、放出されるX線(本書では特に、素粒子原子X線と呼称している)のエネルギースペクトルについて実際に観測された結果を交えて解説されている。素粒子原子X線は、通常の原子から発生する特性X線に比べてエネルギーが高く、第十二章で紹介される分析化学への利用においても重要である。本章の最後の節で、µ–SRについて記述されている。第六章で解説されたµSRと異なるのは、正ミュオン(µ+)に代わって負ミュオン(µ–)を利用する点である。正ミュオンとの大きな違いは、カスケード過程で負ミュオンがスピン偏極の多くを失う点である。したがって、高い統計を確保するために、正ミュオンを用いたµSRに比べて大強度の負ミュオン源や長時間の測定が必要になる。
第九章「素粒子原子生成の際の化学的影響」では、第八章でみた負電荷の素粒子がカスケードの果てに原子核に捕獲される際、どのような化学的効果を受けるか、すなわち、原子の電子状態とどのような関係にあるかについて記述されている。捕獲確率が原子番号にのみ依存し、原子の電子状態とは無縁であるとした近似をFermi-TellerのZ則というが、これを軸に、種々の実験値を説明するような修正を加えていく過程が記述されている。電気陰性度や酸化数との関連についても解説されている。
第十章「気体、凝縮体と素粒子原子」では、組成や相の違いが負電荷の素粒子の捕獲確率に与える影響を論じている。特に、負ミュオンが捕獲された時に発生するX線(Kα線とKβ線)の強度比が、気相の密度や組成によってどのように変化するか紹介されている。一つ取り上げたい話題は、水素化合物における負ミュオンの振る舞いである。黒鉛(C)に負ミュオンを入射したときに発生するX線の強度比(Kβ線強度/Kα線強度)は、標的が炭化水素(CH2)の場合よりも小さいことが示されている。この理由としては、負ミュオンが一度水素原子に捕獲されると、非常にコンパクトかつ電気的に中性な原子「ミュオニック水素原子」(µ–p)を形成することが挙げられる。ミュオニック水素原子は周囲との電磁相互作用が弱いため、物質中でもある程度動き回ることができる。ミュオニック水素原子からC原子核へ負ミュオンの移行が起こったときに、生成する量子状態が異なるため、このような違いが生まれる。他にも、同じ金属でも酸化数の異なる場合にどのような差が生まれるかなどについて記述されている。
第十一章「有機化合物と素粒子原子」では、負電荷の素粒子が分子に捕獲される際、初めに高い分子軌道に捕らえられると考える「巨大素粒子分子モデル」が中心に紹介されている。特に、負パイオン(π–)の捕獲過程を中心に説明がなされている。負パイオンの捕獲過程は、負ミュオンの捕獲過程と共通する側面があり、例えば、パイオニック水素原子(π–p)を形成後、高い原子番号の核へ移行する過程なども考える必要がある。負パイオンの分子への捕獲過程は、負パイオンを使った腫瘍診断・治療への応用の上でも重要である。ジカルボキシル酸、糖類、アミノ酸などへの負パイオンの捕獲過程が特性X線の測定結果を元に論じられている。この章の後半では、炭化水素への負パイオン捕獲の例を挙げながら、分子軌道への負パイオン捕獲と原子軌道への負パイオン捕獲が競合するモデルへと拡張される。
第十二章「分析化学と素粒子原子」では、素粒子原子X線を利用した元素分析や同位体分析への応用例がまとめられている。素粒子原子X線の特徴は、通常の特性X線に比べて高いエネルギーを持つ点である。言い換えれば、試料自身の自己吸収や検出器に到達するまでの吸収などによって測定が難しい軽元素(炭素・窒素・酸素など)でも、素粒子原子X線を利用すれば分析可能である。さらに、試料に損傷を与えないため、非破壊分析が可能で、生体や希少価値の高い試料にも適用できる。本書では、ウシの大腿骨、ブタの筋肉・脂肪、イスラム時代のタイル(素焼きの陶土・釉薬)の元素分析例が取り上げられている。
第十三章「素粒子を用いた化学の展望」では、ここまでの章で触れきれなかったいくつかの素粒子の利用例が紹介されている。例えば、医学への応用例として、Positron Emission Tomography (PET)が挙げられている。PETでは、陽電子を放出する放射性核種を含む薬剤を投与し、陽電子と電子の対消滅によって発生する一対のガンマ線から、対消滅位置を可視化する。使用する薬剤に応じて、悪性腫瘍の可視化などにも利用できる。この章の最後に、負ミュオン粒子を触媒とする核融合について紹介されている。二つの陽子と一つの電子からなる水素分子イオンH2+の核間距離は約100 pmであるが、電子を負ミュオンに置き換えると、核間距離は1 pm程度まで接近する(これをミュオン水素分子と呼ぶ)。二つの核が重陽子d同士、あるいはdと三重陽子tの組み合わせのとき、二つの核は核融合を起こすことが知られている。これをミュオン触媒核融合という。負ミュオンは2.2 µsの寿命で電子に崩壊してしまうが、その間に何度も核融合を触媒する。現時点では加速器での負ミュオン生成コストを上回るほどの効率は達成されていないが、ミュオン触媒核融合の機構は将来のエネルギー源や中性子源としても期待されている。
コメント
本書の特徴は、陽電子、ミュオン、パイオン等の素粒子が物質に入り込んだ時に起こる広範な現象を、理論・実験のバランスよく俯瞰して記述している点である。このような観点でまとめられた和書は貴重であり、発刊から年月のたった現在でも、初学者に有用な書であり続けている。
理論・実験の両面で、現在までに多くの進展があったことも事実である。本書には、多くの表が登場し、素粒子の化学について考える材料を提供している。本書の中で全てが説明されているわけではなく、当時(あるいは現在でも)議論の続いている事柄、理解に課題が残っている事柄については、疑問を投げかけるような形で閉じている節も多い。本書を少し深く読むことを計画している読者は、現在までにどんな進展があったのか、その議論がどのように発展してきたのかを調べてみるとよいだろう。
例えば、陽電子ビームの強度・分解能は現在までに大きく向上している。また、ポジトロニウムビーム[1]を使った原子・分子との散乱研究も数多く行われている。1997年には、陽電子と中性の原子の束縛状態が五粒子系の精密変分計算[2]により予言され、陽電子と分子の結合についても理論・実験の両面から研究が進んでいる[3]。ミュオンのビーム強度も大きく向上し、高分解能な検出器の開発とも相まって、気体標的を使った研究[4]や、元素分析を通した文理融合研究[5]など、様々な新しい展開が見えてきている。本書の後半に登場した素粒子原子生成の際の化学的影響については、問題が複雑であることもあり、現在でも議論が続いている。
本書では陽電子や反陽子といった反粒子が取り上げられているが、2002年以降、これらが結合した反水素原子の合成[6]が可能になっている。ポジトロニウム、ミュオニウム、反水素原子、反陽子ヘリウム原子をはじめとする素粒子原子などのエキゾチックアトムの精密分光、精密理論計算によって、物理定数の決定・対称性の検証といったことも可能になる。このような基礎物理学的な興味においても、エキゾチックアトムの生成過程などを扱う「素粒子の化学」はますます重要な役割を果たしていくことだろう。
文献案内
本書とほぼ同時期に発刊された『中間子化学入門 ミュオンとミュオニウムの化学』(デービッド・C・ウォーカー、富永健訳、紀伊國屋書店、1986年)は、副題の通り、µSRとミュオニウムの化学を中心に解説されている。
陽電子の化学に関するより専門的な書としてはPositron and Positronium Chemistry(D.M. Schrader and Y.C. Jean, Elsevier, 1988)やPrinciples and Applications of Positron & Positronium Chemistry(Y.C. Jean, P.E. Mallon and D.M. Schrader, World Scientific, 2003)がある。ミュオンの化学については、Introductory Muon Science(K. Nagamine, Cambridge University Press, 2003)を参照されたい。陽電子や反水素原子などの反物質を軸とした物理・化学について解説されている書にNew Directions in Antimatter Chemistry and Physics(C.M. Surko and F.A. Gianturco, Kluwer Academic Publishers, 2001)がある。
和書では、『KEK物理学シリーズ 量子ビーム物質科学』(高エネルギー加速器研究機構監修、共立出版、2013年)が比較的新しく、ミュオン・陽電子を利用した物質科学研究について解説されている。本書にも登場する素粒子原子として、原子にパイオンが捕獲された系を中間子原子と呼ぶが、より原子核物理学的な立場で解説されている書に『中間子原子の物理』(比連崎悟、共立出版、2017年)がある。陽電子の化学に関しては、日本陽電子科学会の学会誌に掲載されている入門講座[7]も参考になるだろう。
注
注1:厳密には、パイオンや反陽子は内部構造を持ち、クォークから構成されるため、「素粒子」ではない。しかし、「素粒子の化学」の本質は、物質を構成する陽子・中性子・電子以外の“よそもの”の粒子が物質に入り込むことによって生じる現象にあるため、同じ枠組みで議論する価値がある。本稿では、本書の記述にならって(広い意味での)素粒子と書くこととする。
参考文献
- G. Laricchia and H. R. J. Walters, La Rivista del Nuovo Cimento, 35, (2012), 305.; A. M. Alonso et al., Phys. Rev. A, 95, (2017), 053409.; K. Michishio et al., Rev. Sci. Instrum. 90, 023305 (2019).
- G. G. Ryzhikh and J. Mitroy, “Positronic Lithium, an Electronically Stable Li-e1 Ground State,” Physical Review Letters 79, 4124 (1997).
- G.F. Gribakin, J.A. Young and C.M. Surko, “Positron-molecule interactions: Resonant attachment, annihilation, and bound states,” Review of Modern Physics, 82, 2557 (2010).
- S. Okada et al., “X-ray Spectroscopy of Muonic Atoms Isolated in Vacuum with Transition Edge Sensors,” Journal of Low Temperature Physics 200, 445 (2020).
- K. Shimada-Takaura et al., “A novel challenge of nondestructive analysis on OGATA Koan’s sealed medicine by muonic X-ray analysis”, Journal of Natural Medicines (2021).
- M. Amoretti et al., “Production and detection of cold antihydrogen atoms,” Nature 419, 456 (2002).
- 日本陽電子科学会 https://positron-science.org
出版元公式ウェブサイト
学会出版センター
出版社倒産につき、公式ウェブサイトなし
評者情報
山下 琢磨(やました たくま)
現在、東北大学高度教養教育・学生支援機構助教。専門は放射化学、原子分子物理学。陽電子や負ミュオン、反陽子、反水素原子が関与する原子分子過程について研究している。
researchmap:https://researchmap.jp/ymst1