Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2021年4月25日

Lukas Novotny & Bert Hecht, Principles of Nano-Optics, Second edition

Cambridge University Press, 2012年

評者:松﨑 維信

Tokyo Academic Review of Books, vol.15 (2021); https://doi.org/10.52509/tarb0015

要約

本書は16章からなっている。それぞれの章は大まかに30ページ程度からなっており、読みやすい長さにまとめられている。また、章ごとにある程度独立した内容となっているため、興味のある章のみを拾い読みすることも可能である。

以下、各章の内容についてごく簡単に述べる。

第1章(Introduction)は導入である。よく知られているように、光はレンズなどを用いることで小さな点に集光することができるが、実はその集光点の大きさは波長程度(数100 nm)よりも小さくすることはできない。そのため、従来のオプティクスでは通常、それよりも大きい空間スケールにおける光の性質を取り扱ってきた。これに対し、ナノオプティクスではそれより遥かに小さいナノ空間における光と物質の相互作用を取り扱う。本章ではナノオプティクスの歴史等について述べられた後、本書全体の概要について3ページで簡潔にまとめてある。

第2章(Theoretical foundations)では、ナノオプティクスの基盤となっている電磁気学について、最も基本的な方程式であるMaxwell方程式から順次説明してある。ナノオプティクスで重要な役割を果たす近接場光や、本書で繰り返し用いられるGreen関数に基づく電場の計算方法についてもこの章で学ぶことができる。

第3章(Propagation and focusing of optical fields)では、光の自由空間中における伝播およびレンズによる集光について、理論的な表式が与えられる。上で述べた、レンズを用いた集光では光の波長程度の大きさにしか集光できないということについても、この集光点における電場分布の理論式に基づいて示してある。

第4章(Resolution and localization)では、光学顕微鏡の空間分解能について議論されている。まず冒頭では、前章の理論的な取り扱いに基づき、通常の光学顕微鏡の空間分解能はAbbeの回折限界の式による制約を受けていることが示される。これに対して続く部分では、特別な工夫をすることで実は回折限界を超える高い空間分解能を実現できることが理論的に示される。具体的には、2014年のノーベル化学賞の授与理由となった局在顕微鏡法とSTED (Stimulated Emission Depletion) 顕微鏡法の他、近接場顕微鏡法や構造化照明法と呼ばれる手法などが取り上げられている。

光学顕微鏡における試料の測定は、試料への光照射および試料からの光学応答の検出という2つの過程からなっており、それぞれ通常の伝播光が関与する場合と、ナノ空間に局在化しており空間中を伝搬することができない近接場光と呼ばれる光が関与する場合がある。このような基準に基づいて、第5章(Nanoscale optical microscopy)では様々な顕微測定法を4種類に分類し、整理してある。前章では測定原理の説明に重点が置かれていたが、ここでは実際の実験に即した形で説明されている。例えば、光照射・検出ともに伝播光を用いる手法としては、通常の共焦点顕微鏡に加え、多光子顕微鏡や局在顕微鏡などが取り上げられている。それ以外の近接場光の関与する手法は典型的には探針(ファイバーや金属からできた非常に鋭い針)を用いたものであり、例えば光照射・検出ともに近接場を用いた手法としてはチップ増強ラマン散乱などが紹介されている。

第6章(Localization of light with near-field probes)では、探針を用いて光をナノメートルスケールの微小空間に局在化させる方法について議論されている。これには大きく分けて2つの方式がある。1つ目は、非常に小さな穴が先端に空けられたファイバーを用いる方法である。このファイバー中に導入された光は先端の微小開口からのみ漏れ出してくるため、この漏れ光をナノ光源として用いることができる。2つ目は、金属ナノ構造を用いる方法である。金属ナノ構造に外部から光を照射すると、雷が避雷針に集まるのと同じ原理で、光を金属ナノ構造近傍のナノ空間に集光することができる。これら2種類の探針について、作り方および集光特性に関する説明がなされている。

第5章や第6章で述べられたような探針によってナノ空間に集光された光を用いて試料の測定を行うためには、探針をナノメートル精度で試料表面のごく近傍まで近づけ、その位置に留めておく必要がある。第7章(Probe-sample distance control)では、原子間力顕微鏡(AFM)の原理に基づき、実際の実験でこれがどのように実現されているか説明されている。

第8章(Optical interactions)では、光と物質の相互作用について説明がある。散乱体の近くにある分子の蛍光放出が増強されるという現象(Purcell効果)や、2分子間のエネルギー移動(Förster 共鳴エネルギー移動)など、重要な現象の理論的背景の説明がなされている。

上で「分子」と書いたが、蛍光を発する物質は通常の分子の他に量子ドットやダイヤモンド中の格子欠陥などが知られている。第9章(Quantum emitters)では、ナノオプティクスで典型的に用いられるこれらの広義の「分子」についてまとめてある。

第10章(Dipole emission near planar interfaces)では、平坦な界面に置かれた分子がどのような方向に蛍光を放出するかについて議論してある。ガラス基板などの固体表面上に担持された蛍光分子というのはナノオプティクスの実験で頻繁に用いられる系であるため、これは実用上重要な問題である。この章で示されているように、分子が蛍光を放出する方向は分子の配向に依存する。これを逆に利用すると、蛍光の放出方向を実験的に測定することで分子の配向を決定することができ、単一分子の3次元配向を簡便に決定するための方法として知られている。

第11章(Photonic crystals, resonators, and cavity optomechanics)では、フォトニック結晶やメタマテリアル、共振器などの興味深い人工的な構造物についてまとめてある。例えば、周期構造を持ったフォトニック結晶では特定の周波数の光が結晶内部に存在できないようになっているため、うまくデザインした結晶を用いることで、光を望みの場所に局在化させることができる。一方、メタマテリアルを用いると、自然界には存在しない、負の屈折率を持つような物質を作ることができるということが述べられている。

第12章(Surface plasmons)は、金属表面の電荷密度の振動である表面プラズモンポラリトンについての章である。金などの貴金属の光学特性について述べられた後、金属表面に局在化するようなMaxwell方程式の解として表面プラズモンポラリトンが導入され、その性質が説明されている。続いて、細い金属ワイヤー上を伝播する表面プラズモンポラリトンや、金属微粒子に局在化した表面プラズモンポラリトンなど、ナノオプティクスで重要な系についても、理論的な表式や伝搬特性・共鳴波長・散乱断面積などの性質について議論されている。

第13章(Optical antennas)では、光アンテナについて述べられている。よく知られているように、アンテナは電波を受信するために用いられる構造のことである。これに対して光アンテナとは、電波よりも遥かに波長の短い光について同様の機能を持つナノ構造のことである。光アンテナを用いると、伝搬光を「受信」し、それをナノメートルスケールの微小空間へと集光することができる。本章ではそのような光アンテナの性質、および光アンテナを介した光と分子の相互作用について述べられている。

第14章(Optical forces)では、光によって物質にもたらされる力学的な力について議論されている。このような力の応用例として、適切に選んだ振動数の光を照射することで原子を減速させるレーザー冷却や、微粒子を光の集光点付近に引きつける光ピンセットについて説明がある。

第15章(Fluctuation-induced interactions)では、摂動に対する系の応答は平衡状態における系のゆらぎによって決まるという揺動散逸定理の導出と、その意義について記述されている。例えば、電気的に中性な2つの粒子はvan der Waals力という力によって互いに引き寄せ合うが、これは粒子中の電荷のゆらぎに由来することが説明されている。

第16章(Theoretical methods in nano-optics)では、ナノオプティクスで用いられる理論的な手法について述べられている。ナノオプティクスではナノ構造存在下での電磁場の分布等が問題となるが、一部の非常に単純な系を除き、Maxwell方程式を解いてそれらの完全な解析解を得ることは不可能である。そこで最終章である本章では、数値的な解法を部分的に含む準解析的な解を得る方法についてまとめられている。

コメント

ナノオプティクスは、量子光学、レーザー分光、ナノテクノロジー、マテリアルサイエンスなど様々な分野の知識が融合することで20年ほど前に生まれた、比較的新しい研究分野である。この成立の経緯から容易に推測されるように、ナノオプティクスはとても学際的な研究分野である。現に、私がナノオプティクスに初めて触れたマックス・プランク光科学研究所のSandoghdar研究室では、私のようなレーザー分光の教育を受けた人間以外に、量子光学の専門家、ナノ構造作成の専門家、理論物理学者、更には生物学者など、様々な分野出身の研究者が密に連携して研究を進めていた。このように、ナノオプティクスで用いられる知識は多岐にわたっており、独力で全貌を掴むのは一筋縄ではいかない。その全貌を掴む強力な助っ人となるのが本書であり、この分野の標準的な教科書となっている印象を受ける。

本書は全章を通じて、ナノオプティクスを代表する研究者であるLukas Novotny先生とBert Hecht先生により書かれている。そのため、章ごとに表記方法が異なるということがなく、広範な内容について統一された表記法で記載されている。これは本書を用いて勉強することの大きな利点である。原著論文では著者ごとに表記方法が異なっており、そのために無用な混乱を招く場合があるが、本書ではそのような無駄を排除することができるからである。したがって、本書は初めてこの分野を学ぶ人にとって有用であるのはもちろん、ナノオプティクスの知識を既にある程度有する人にとっても、知識を整理し、より統一的な理解を得る上で役に立つと期待される。

あえて欠点を述べるとするならば、「詳細は別の教科書参照」という記述が散見され細かい部分まではカバーしきれていない箇所があることや、理論的な手法としてナノオプティクスの実際の研究で最も頻繁に用いられている数値解法に関する説明を完全に省略してしまっていることなどが挙げられる。また、和訳がまだ存在しないことも一部の読者にとっては欠点となるかもしれない。しかし、そのような欠点を考慮してもなお、この本は推薦に値する良書であると私は考えている。

文献案内

本書を読む上で参考になると思われる関連文献を以下に4つ挙げる。なお、ここでは私が実際に目を通した版を示したが、購入する際には最新版を買い求めることを勧める。また、これらの文献については和訳も存在するようである。

  • J. D. Jackson, “Classical Electrodynamics, 3rd edn.” (Wiley, New York, 1998)
  • 古典電磁気学の教科書である。ナノオプティクスで最も重要なのは電磁気学の知識なので、本格的にナノオプティクスを学ぶ場合には、電磁気学の教科書を手元に置いておくと良いであろう。
  • E. Hecht, “Optics, 2nd edn.” (Addison-Wesley, Lebanon, 1988).
  • 光学の教科書である。
  • R. Loudon, “Quantum Theory of Light, 3rd edn.” (Oxford University Press, New York, 2000).
  • 量子光学の教科書である。
  • G. B. Arfken & H. J. Weber, “Mathematical Methods for Physicists, 6th edn.” (Academic Press, San Diego, 2005)
  • 数学の教科書である。「物理学者のための」とタイトルにある通り、物理の問題への応用を念頭に置いてあるため、純粋な数学の教科書よりも読みやすいように私には思われた。

謝辞

本書評の執筆にあたり、今井みやび博士、木村謙介博士、不破麻里亜博士(五十音順)から有益なコメントをいただきました。この場を借りて感謝申し上げます。

出版元公式ウェブサイト

ケンブリッジ大学出版局

https://www.cambridge.org/jp/academic/subjects/physics/optics-optoelectronics-and-photonics/principles-nano-optics-2nd-edition

https://doi.org/10.1017/CBO9780511794193

評者情報

松﨑 維信(まつざき これのぶ)

理化学研究所研究員。東京大学、理化学研究所、マックス・プランク光科学研究所を経て、2021年4月より現職。専門はレーザー分光で、非線形分光法、時間分解分光法、プラズモニクス、量子分光法など、幅広く興味を持って研究を進めている。