Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

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2020年12月12日

Christine Roquet, Vu du geste: Interpréter le mouvement dansé

Centre national de la danse, 2019年

評者:呉宮 百合香

Tokyo Academic Review of Books, vol.9 (2020); https://doi.org/10.52509/tarb0009

要約

映画『ジーグフェルド・フォリーズ』には、フレッド・アステアとジーン・ケリーが共に踊る場面がある。このミュージカル映画の二大スターの踊り方の違いをいかに分析できるか。これが、パリ第8大学で受けたクリスティーヌ・ロケの授業の最初の課題だった。まず課題の映像を一通り見た後、簡単な実技のワークショップを受けてから映像を見直し、ワークショップの前と後では見え方が変わることを体験する。では、音を消して再生した時や速度を変えた時は何が見えてくるのか、当該の作品についての批評文や論考を読んだ後や、同じダンサーが別の作品で踊っている姿を見た後、あるいは自分で真似して動いてみた後はどうだろうか——観察の条件を様々に変え、実際に身体も動かしながらひとつのダンスについての考察を深めていく授業は刺激的で、強く記憶に残っている。

本書は、「動きの分析(analyse du mouvement)」について包括的に論じた書籍である。動きの外形だけでなく、その質や表現性に着目したルドルフ・ラバンの理論を礎に、80年代から90年代にかけてフランスで独自の発展を遂げたこの研究方法は、大学教育の中だけでなくダンサーや指導者の養成プログラムにも導入され、研究と実践が緊密な関係にあるフランスの舞踊学の基盤を形作っている。著者クリスティーヌ・ロケは、その先駆者であるユベール・ゴダールとオディール・ルケに学び、現在はパリ第8大学舞踊学科の准教授を務める傍ら、舞踊学校等でも教鞭を執る。加えて動きの分析の専門家として、いくつかのダンスカンパニーの作品制作にも携わっている。

本書のタイトルには、ふたつの意味が掛けられている。第一に「身振りを見る(Vue du geste)」こと——これはダンサーの持つ知、なかでもその卓越した観察眼に注目することを示す。第二に「身振りから見る(Vu depuis le geste)」こと——これは自らの実践経験に根ざしながら、身振りについての思考を深めていくことを示す。身振りはダンスを特徴づける重要な要素であるにもかかわらず、その「名付けにくさ」ゆえに見過ごされ、これまで十分な研究がなされてこなかった。本書の主眼は、振付や物語の後ろに隠れがちなこの身振りを研究対象として、ダンスに関する新たな言説を構築していくことにある。

本文中で著者は、機械等の無機物にも使われる「運動(mouvement)」よりも、人間の身体の動きを指し示す「身振り(geste)」という言葉を好んで採用している。この意向に沿って、本稿でも「身振り」の語を主に用いることとする。


ひとりひとりの身振りの分析から(第1〜4章)、ふたりで踊るデュオの考察(第5〜7章)、そしてデュオという形式を媒介にした異ジャンル間の比較へと(第8〜9章)、論は段階的に視野を広げながら展開する。各章の内容を以下に詳述する。

第1章では、身体を取り巻く用語と概念を整理し、再検討していく。著者はまず、心と身体を対置するデカルト的二元論を回避し、踊る身体を単なる物体としてではなく複数の現象の総体として捉えるために、「身体(corps)」ではなく「身体性(corporéité)」という語の使用を提案する。それから、身体性を4つの構造——解剖生理学、身体各部を制御してひとつの動きを作り出す運動感覚、外界の事物や身体内部の状態を捉える知覚、そして象徴——からなるシステムと解したユベール・ゴダールの論を紹介する。このゴダールの4分類は、目の前の身振りやダンサーの発言の性質を把握するための指標として、この後も繰り返し登場することとなる。

第2章では、まるで空中で静止しているかのような跳躍を見せたバレエダンサー、ニジンスキーを例に取りながら、動きの分析の基本となる考え方を用語解説とともに提示する。地球上の全ての運動には重力が関与しており、私たちは重力に抗って特定の姿勢を維持できるよう、無意識のうちに様々な身体制御を行っている。この姿勢こそが動きの印象を左右していることを、段階を踏んで証明していく。

随想的な「幕間」章を挟んで第3章では、身振りと不可分の関係にある「感覚」を取り上げ、稽古場で行われているエクササイズの内容や特有の言い回しの分析から、知覚することと踊ることの関係を解き明かしていく。その際に重要な役割を果たすのが、ある感覚器官で受け取った情報から身体内外の状況を察知する「想像の力(imaginaire)」である。ダンスの指導や創作の現場でしばしば用いられるメタファーは、身体感覚の伝達のためのみならず、この想像の力を発動させるきっかけとしても機能しているとロケは指摘する。

第4章では観客側へと視点を移し、フレッド・アステアとジーン・ケリーのダンスを例に、眼前のダンスを言葉へと置き換える作業を実際に行なっていく。ここで著者は日本語の「読み」という語を引いて、身振りの読解とはそれらを記号のように読み解くことでは決してなく、むしろ日本語の「動きを読む」という言葉の意味、すなわち相手の意図や次に来る動きを直感的に推測することに近いと定義する。そして読み取ったものを言語化する際の助けとして、16世紀以来ダンスを記録するために開発されてきた様々な記譜法を紹介する。

第5章では、身振りそのものに焦点を絞っていた前章から一歩進めて、他者との関係が身振りに及ぼす影響を論じていく。関係の最小単位であり、構図としても最も明確であるデュオに焦点を絞り、前半ではバレエ『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥを、後半ではフレッド・アステアがそれぞれ異なるパートナーと踊る3つのミュージカル映画を例に、他者との「出会い」が新たな身振りを作り出し、距離や呼吸、動きの質にも変化が生じることを実証する。

第6章では、感情の作用に注目しながら、引き続き自他の関係について考察を深めていく。「存在感がある」とはどういった状態を指すのかという問いから始め、心が動かされることと記憶に残ることの関係を指摘する。続いてダンス特有の共感の現象として「運動感覚の伝播」、つまり踊る身体が見る者の内的な感覚に作用し、一種の身体的同期を引き起こす現象を挙げる。私たちは身体を拠り所に自己の輪郭を保ちながらも、目の前の他者の動きに共感=移入し、常に内側から揺り動かされているのである。

第7章では、身振りにおける「意味(sens)」1を精査する。ダンスの身振りはしばしば抽象的で、何を表しているかが理解しづらい場合が多々ある。このような意味論的理解への執着から私たちを解放し、「よくわからなかった」から一歩踏み出すための視点を提示しているのが本章である。著者は、ダンスの身振りは記号や意味作用に還元されることはないと主張する。たとえばマーサ・グレアムが考案した「コントラクション・アンド・リリース」(呼吸に合わせて身体の収縮と弛緩を意識的に行う技法)を女性性の表現とみなす説があるが、実際の動きを仔細に見ていくと時代によってテクニックそのものが変化しており、その意味は決して固定できない。このような安易な解釈に足元をすくわれないためには、常に身振りそのものに立ち返り、その身振りの何が他とは異なるのか——どのような「ずれ=隔たり(écart)」があるのか——を多角的に吟味することが重要になる。言い換えれば、身振りは単体で意味をなすわけではない。他の身振りとの間に見出される多種多様な隔たりこそが、その身振りの「意味」を形作っているのである。

第8章では、前章で得た「隔たり」という視点から、劇場での上演を最終目的とするダンスと、ダンスホールで行われるボールルーム・ダンスの比較検討を行う。空間設定や学びのプロセスといった点では一見大きく隔たっている二者だが、ダンサー間の関係という点では接点が少なからずある。その一例として「他者と踊る」という形式の共通性に着目し、次々に変わるパートナーやミュージシャンとの関係を瞬時に構築していくボールルーム・ダンスの中から学びを引き出していく。

第9章では、身振りと知覚、他者との関係といったこれまで示してきた論点に、ダンスの根源的喜び(joie)——遊戯的側面、身体を動かすことの快、高揚感——という点を付け加え、劇場舞踊の世界とボールルーム・ダンスの世界の共有地を描き出していく。個々人の身体的気づきに重きを置くソマティクスの視点も導入しながら、ジャンルの壁を超えて種々のダンスを横断的に論じることができる「動きの分析」の可能性が示される章となっている。


4ページの短い結章で、著者は第7章の結論を発展させ、次のように述べる。人間の身振りは、天と地、中心と周縁、主動筋と拮抗筋、受動と能動、速筋と遅筋といった二極の相互作用から成り立っている。動きの分析は、繊細かつ複雑で刻一刻と変わるこの緊張関係を「隔たり」という観点から考察する方法のひとつにすぎない、と。身振りにはこのほかにも様々な要素が含まれている。たとえば、本書で取り扱われなかった社会的・心理的・政治的側面に着目して考察していくこともまた一つの道であろう。そして最後に、身振りと眼差しは常に特定の文脈に根差していることを念頭に置きながら、全身の感覚を開き、目の前のあらゆるダンスを受け止めることの重要性を繰り返して、論は締め括られる。

コメント

本書の特徴は、「身体」「想像力」「存在感があるダンサー」「共感」など定義が曖昧なまま多用されている言葉を、ひとつひとつ丁寧に吟味していく点にある。その際に、卓越した技術と経験に裏打ちされたダンサーの証言と、舞踊学から文化人類学、社会学、哲学、心理学、神経科学まで多岐にわたる文献から拾い集めた身振りに関する理論的言説とを編み合わせることで、机上の空論とは対照的な「身体を伴った理論」の構築を実現している。

なかでも論全体の通奏低音となっているのは、哲学者フランソワ・ジュリアンの他者論であろう。違い(différence)ではなく隔たり(écart)という言葉を用い、ふたつの物事の間に意味を見出そうとする発想は、隔たりこそが豊かで生産的な緊張に満ちた反省的空間を開く2と述べた彼の思想を色濃く引き継いでいる。また第8〜9章の劇場舞踊とボールルーム・ダンスの比較考察では、どちらか一方から他方を見るのではなく、ふたつの文化の間の距離を中立的に問うことで、「浅薄な普遍主義や安易な相対主義」3に陥ることなく双方の特質を明らかにし、また同時に共通性を抜き出すことにも成功している。

対して、フランス舞踊研究の開拓者であるミシェル・ベルナールとユベール・ゴダールの論の援用にはやや難があった。フランス語圏の研究コミュニティ内では必読とされる二者の論だが、哲学からの引用や造語を多分に含むためにしばしば晦渋で、コミュニティの外部に対して閉鎖的な印象を与える危険を孕んでいる。豊富な具体例を交えて詳細に解説する書きぶりから、本書が広い読者層を想定していることがうかがえるだけに、身体性や知覚といった基本概念を論じる際にベルナールやゴダールの語彙を無批判に踏襲したことの妥当性には疑問が残る。なかでも鍵概念として第1・3・9章に登場する身体性の4分類については、ゴダールの言い回しはそのままに様々な角度から繰り返し解説するという方法をとったことで、かえって論点がぼやけたように思われる。また結論部でこの分類の有用性を改めて強調したために、ロケの主張の独自性がかすんでしまった。

しかしながら、採用されている語彙の適否について本稿でこれ以上踏み込んで検討することは避けよう。フランス語の「corps」と日本語の「身体」が決して等価にはなりえない事実からも自明なとおり、ロケの論をそのまま日本の例に当てはめることはもとより適切ではなく、日本の社会文化的背景や言語的特性に応じて語彙のレベルから見直す必要がある。それゆえ、言葉に捕われて身動きが取れなくなるのはあまり生産的なことではない。読者に求められているのはむしろ、本書から得た様々な視点やツールを積極的に「応用」することで、分析の方法論そのものを書き換えていくことであろう。

言語の迷宮に迷い込むことなく読み進める助けとなるのが、随所に散りばめられた緻密な事例分析である。フレッド・アステア主演のハリウッド映画や、イギリスの巨匠ケネス・マクミラン振付の『ロミオとジュリエット』など、取り上げられている作品の多くは市販DVD等で簡単に視聴できる。また動画の視聴URLが脚注に付されている場合もある。分析の内容と実際のダンスとを照らし合わせながら、頭よりも先に身体から理解を深められることは、この本の最大の魅力でもある。

動きの分析は、動くこと/見ること/言語化することの解像度を上げる「姿勢」に過ぎず、確立された方法論では全くない。様々なダンスや文化との出会いを通じて、方法論も絶えず創出・更新されていくのである。その意味において、概論的に見える本書もまた現在進行形のひとつの実践の試みなのであり、自らの想定を超えた「他者」との対話に向けて開かれている。何よりも大切なのは、動きを止めることなく思考し続けることなのだから。

文献案内

  • GODARD Hubert « Le geste et sa perception », in Isabelle GINOT, Marcelle MICHEL, La danse au XXe siècle, Larousse, Paris, 2002, pp. 236–241

動きの分析の基本を端的に知りたい方に。マリオネットと人間の身体の違い、重力の扱い方という観点から見た舞踊美学の変遷など、わかりやすい具体例とともに分析の基本となる用語と考え方を解説する、ユベール・ゴダールの小論。


  • BERNARD Michel, De la création chorégraphique, Centre national de la danse, Pantin, 2001

フランス舞踊学の理論面に興味を持った方に。ミシェル・ベルナールの30年にわたる研究の集大成とも言える論集。なかでも第一部「踊る身体性」に収められた6つの論文は、クリスティーヌ・ロケの著書でもたびたび引かれている。


  • シルヴィアーヌ・パジェス『欲望と誤解の舞踏:フランスが熱狂した日本のアヴァンギャルド』パトリック・ドゥヴォス監訳、北原まり子・宮川麻理子訳、慶應義塾大学出版会、2017年

動きの分析の応用に興味を持った方に。本書の第三部では、身振りという観点から、戦後日本で生まれた前衛的身体表現である舞踏とドイツ表現主義舞踊とを結びつけていく。


2019年にパリ第8大学舞踊学科設立30周年を記念して行われた翻訳プロジェクトの成果ページ。フランス舞踊学の重要文献のいくつかが、英語を中心に多言語に翻訳され、オンラインで自由に閲覧できるようになっている(残念ながら日本語訳はまだない)。

1そもそもフランス語の“sens”には、「意味」のほかに「感覚」や「勘」という語義があり、さらに歴史を遡れば「知覚する/感じる」という意のラテン語“sentire”に行き着く。つまり“sens”という語の選択の裏には意味に先立つ感覚という含意があり、ここでは全感覚を使って多種多様な隔たりを感知し、吟味することが示唆されていると考えられる。

2JULIEN François, L’écart et l’entre : Leçon inaugurale de la Chaire sur l’altérité, Éditions Galilée, Paris, 2012, p. 42.

3Ibid., p. 44.

参考文献

  • BERNARD Michel, De la création chorégraphique, Centre national de la danse, Pantin, 2001.
  • GINOT Isabelle, MICHEL Marcelle, La danse au XXe siècle, Larousse, Paris, 2002.
  • JULIEN François, L’écart et l’entre : Leçon inaugurale de la Chaire sur l’altérité, Éditions Galilée, Paris, 2012.
  • LABAN Rudolf, Espace dynamique, Contredanse, Bruxelles, 2003 (trad. par SCHWARTZ-RÉMY Élisabeth).
  • ROQUET Christine, Vu du geste : Interpréter le mouvement dansé, Centre national de la danse, Pantin, 2019.
  • ROQUET Christine, La scène amoureuse en danse : codes, modes et normes de l’intercorporéité dans le duo chorégraphique, thèse de doctorat sous la direction de TANCELIN Philippe (co-direction : GODARD Hubert), département Danse, Université Paris VIII Vincennes – Saint-Denis, 2002.
  • ROQUET Christine, Entretien avec Christine Roquet (propos recueillis par Mathilde Puech et Sophie de Quillacq), Centre national de la danse, Pantin, novembre 2019, URL : https://www.cnd.fr/fr/products/1687-vu-du-geste(最終閲覧:2020年10月29日).

出版元公式ウェブサイト

フランス国立ダンスセンター

https://www.cnd.fr/fr/products/1687-vu-du-geste

評者情報

呉宮 百合香(くれみや ゆりか)

ダンス研究。専門はフランス語圏と日本の現代ダンス。ダンスアーカイヴの構築と活用に関する調査も行なっている。フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ第8大学と早稲田大学で修士号を取得。2017年〜2019年、(独)日本学術振興会特別研究員(DC1)。主な論文に« Un panorama de la danse contemporaine au Japon » (Alternatives théâtrales, numéro hors-série, "Scène contemporaine japonaise", 2018)、共編に『舞踏という何か』(NPO法人ダンスアーカイヴ構想、2020)。公演評や論考の執筆のほか、ダンスフェスティバルや公演の企画・制作にも多数携わる。現在、早稲田大学文学研究科博士後期課程在籍。

https://researchmap.jp/y-kuremiya/

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