Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2021年5月13日

渡辺正峰『脳の意識 機械の意識:脳神経科学の挑戦』

中央公論新社,2017年

評者:豊泉英智

Tokyo Academic Review of Books, vol.17 (2021); https://doi.org/10.52509/tarb0017

要約

本書は意識や知覚などを主なテーマとして研究する、東京大学及びマックスプランク研究所所属の脳神経科学者・渡辺正峰氏が、神経科学の基礎的な部分から自身の研究そして今後の展望までを、意識研究の解説という文脈で語るものです。意識研究は研究者たちの間でも主張が大きく割れ、そのいずれもが決定的な証拠を提示するに至らないがために、広く教科書・入門書として認められるような書籍が存在しません。未だ発展途上という以外に、神経科学の教科書に載せられるような立証された統一見解・理論が、意識研究に関しては存在していないとも言えるでしょう。そんな中で本書は意識という問題の奥深さ、そしてその研究の面白さを伝えることを主眼におきつつ、著者自身の考える意識の問題の突破口を提案しています。

まず第一章では本書で扱われる意識が定義されます。著者は一般的に意識と聞くと連想されるような、「自らを自らと認識する」などといった複雑な認識を伴う意識は科学的な検討が困難で、もっと原始的な意識の形態を解明することが、意識全般の問題を解決することにつながると主張しています。本書では「クオリア」と呼ばれる感覚意識体験が、その解明されるべき原始的な意識の形態です。色は物理的な波長に対応するように脳が後付けするものであったり、錯視という現象に代表されるように、我々の視覚世界は脳が創り出したものに過ぎません。その現実から離れた、創り上げられた視覚世界、その体験こそが「クオリア」の中でも「視覚クオリア」と呼ばれるものです。

第一章の後半は神経科学史のような形で、ホジキンとハックスレイの電気スパイクモデル、ゴルジとカハールの神経の接続論争などに触れながら、神経細胞がどのように情報を伝達するかを解説しています。ここで重要なのは、神経細胞の仕組みを理解することではなく、脳の構成単位である神経の仕組みにはクオリアが生じるような魔法の仕掛けは存在しないと認識することです。言い換えれば著者はクオリアが脳からいかにして発生するのかという問いの難しさを感じてもらうことを狙っているわけです。

第二章では著者の研究へと繋がっていく意識・クオリア研究の歩みが、研究者のドラマをベースに語られます。意識を実験科学する上で最もシンプルなものとしては、意識に連動する脳活動を調べるという方法が挙げられるでしょう。著者の恩師でもあるニコス・ロゴセシスは、両眼視野闘争(1)を利用して、麻酔下でも継続するような神経活動と、意識に関わる神経活動を分別しようと試みました。両眼視野闘争では視覚刺激は一定ですが、知覚は時間で変化します。ロゴセシスは視覚刺激によって引き起こされる、意識と関係ない神経活動は一定に保たれ、知覚交代に連動して変化する脳活動があれば、それは意識に関係している可能性が高いと考えたのです。サルを使った実験の結果、低次な視覚処理を行う第一次視覚野では一割程度の神経細胞が、高次な視覚処理を担うITという脳の部位では八割を超える神経細胞が、知覚報告と連動した活動をしていることが分かりました(Logothetis, 1998; Blake & Logothetis, 2002)。これらは重要な知見ですが、連動することは必ずしも因果性を意味しません。因果性を明らかにするには、クリックとコッホのいう、感覚意識体験を生じさせるのに十分な最小限の神経活動、NCC: Neural Correlates of Consciousness を同定する必要があります(Crick & Koch, 1990)。著者らは非対称な両眼視野闘争を用いることで、視覚的な注意と意識を分離してヒトでテストする手法を開発し、視覚的な注意が統制された条件下では第一次視覚野の活動は意識活動と連動しないことを明らかにしました(Watanabe et al., 2011)。

第三章では、第二章後半で導入されたNCCを同定するという意識の研究手段の方法として、操作実験に焦点が当てられます。脳神経科学でいう操作実験とは、人工的に脳活動を操作して、その操作が機能に与える影響を解析することで、脳活動と機能の因果性を明らかにする手法です。そのひとつである、TMS(Transcranial Magnetic Stimulation)という強力な磁場によって神経細胞を直接刺激する手法を、高次の視覚処理を行う部位に用いると、フォスフォンと呼ばれる白い光の幻覚が見えることが知られています。パスカルらはこの幻覚作用を利用して、高次な視覚情報処理を行う部位から第一次視覚野へのトップダウン入力が、感覚意識体験には不可欠であると主張しました(Pascual-Leone & Walsh, 2001)。しかし操作実験では、ある機能の本質ではない何かに操作を加えても、その機能に連鎖的に影響が出てしまう場合があることから、パスカルらの研究だけではNCCに第一次視覚野を含めることはできません。操作実験においても、意識の連動活動を探索する場合同様、消去法でなければNCCの範囲を同定することはできないのです。操作実験における消去法には緻密な操作が要求されますが、それを可能にする次世代技術としてオプトジェネティクス(2)が挙げられます。高い空間精度と時間精度で、神経活動をコントロールすることを可能にした手法ですが、その開発歴はまだ浅く、マウスやショウジョウバエなどの限られた種でしかフルで活用することができません。そのために著者らは実験動物を、これまでのサルからラットやマウスへと移行することになりました。

第四章では意識を研究する難しさが再度強調され、意識における自然則の必要性とその検証に向けての課題が語られます。NCCが同定され、感覚から運動に至るまでの脳の電気的な信号が解明できたとしても、その電気的な信号になぜ感覚意識体験が伴うのかは謎のままです。脳の電気的な活動は第三者が三人称的に観測するものですが、感覚意識体験は脳が一人称的に感じているもので、私たちはこの三人称的な観測(客観)と一人称的な体験(主観)を結びつけ、説明できる理論・原理を持ち合わせていません。チャーマーズはこの問題を「意識のハード・プロブレム」と呼び、彼は全ての情報に主観的な側面と客観的な側面が存在する、つまり全ての情報に意識が宿るとする情報の二相理論でこれを解決しようと試みました(Chalmers, 1996)。

著者は意識のハード・プロブレムを解く鍵は、意識の自然則にあると考えています。自然則とは他の法則から導くことのできない科学の根幹をなす法則のことで、光の速度不変や万有引力の法則などがこれにあたります。なぜ光の速さは一定なのかという問いに宇宙がそうなっているからとしか答えようがないように、「情報に意識が宿る」とするチャーマーズの理論も意識の自然則の一つの仮説としては(意識の自然則が存在するとすれば)成り立つのです。しかし自然則はその性質上、実験による検証が不可欠になります。意識の自然則なら脳で検証することになりますが、生体である脳では余計な要素を取り除くことは大変な難題です。例えば情報の二相理論では、検証には神経細胞の伝達する情報だけを抽出する必要があります。しかし、神経細胞は生体機構の働き抜きには活動し得ないので、検証は困難であるということになるわけです。そこで意識の自然則を脳で検証する以外の方法として、人工物に意識を宿すことでその仕組みを検証しようという、「アナリシス・バイ・シンセシス」が考えられています。しかしこの手法にも、機械に宿るかもしれない意識を客観的にテストする方法がないという問題があります。外見や行動が人と全く見分けのつかないものの、意識は持たないという「哲学的ゾンビ」が存在する可能性がある以上、客観的な観測では機械の意識をテストすることはできないのです。しかし客観的な観測がダメでも、自分の脳を機械に接続して、自らの主観で機械に意識が宿っているかを確かめるという方法が残されています。具体的には、自身の片方の脳半球を機械に置き換え、左右の視野が一つの統合された意識として体験されれば、機械にも意識が宿ったと判別するという方法です。

第五章では第四章の最後で提示された「人工意識の機械・脳半球接続テスト」を意識の理論に当てはめて、各理論の筋の良さが検討されます。チャーマーズの「情報の二相理論」も、トノーニの「統合情報理論」も、意識の自然則の対象として「情報」を扱います(Chalmers, 1996; Tononi, 2012)。情報の二相理論に関しては、サーモスタットに宿るような意識とヒトに宿る意識の違いが、どのような情報の違いから生まれるのかについての言及がないことから、「人工意識の機械・脳半球接続テスト」を用いて検証することが困難と言えるでしょう。これに対し統合情報理論では、統合された情報のみが意識を持つとされています。これを「人工意識の機械・脳半球接続テスト」で検証するなら、左右の脳半球の視覚情報が統合されるかをテストすることになるでしょう。しかし、低次・高次いずれの視覚野においても情報が統合されるような処理は考えにくく、「バージョン1」と呼ばれる統合情報理論では、意識は説明できないことになります。

著者は意識の自然則の対象として「情報」ではなく、神経処理の手順とも言える「神経アルゴリズム」、さらにその中でも「生成モデル」を提案しています。生成モデルとは脳でいう高次の活動をもとに、低次の活動を予測し、実際の感覚入力との誤差を算出して学習することで、予測の精度を上げていくシステムです。第一章で解説されたように、感覚意識体験は脳が創り上げたもので、生成モデルの「予測される世界を表現する」という点はこれに類似しています。この生成モデルのアルゴリズムを「人工意識の機械・脳半球接続テスト」にかける場合、低次視覚野の予測生成過程が左右の半球を跨ぐ必要性(脳の構造的に無理のある処理)があれば、生成モデルは意識の自然則として成り立たないと言えるでしょう。ヒトやサル、マウスの神経活動計測によれば、生成過程を担当すると考えられる視覚野は一般に左右独立した処理をするとされ、したがって生成モデルは左右の半球の意識の一体化を説明できるということになります。

終章では意識の機械への接続さらには移植に関する技術的な展望が考察されています。IBMのTrueNorthに代表される神経を模倣したハードウエアの大規模化はまだまだですが、ソフトウエア上のシミュレーションなら、CPUの高速化で機械に意識を持たせることが可能になるかもしれません。機械とヒトの脳の接続に関しては、機械と脳を繋ぐBMI(Brain-Machine Interface)の技術が進歩しており、安定性や信号の精度の問題もあるにせよ、数百万の神経細胞を同時記録・刺激する計画もあり、その展望は期待されています。しかし、機械の意識と脳の意識が本当に一体化するのかは保証されていません。さらに意識を完全に機械へと移植することまで考えると、長期間に及ぶ接続による脳と機械のすり合わせが必要になると考えられるものの、移植自体は可能であると著者は予測しています。

コメント

本書は大きく一般書に分類され、発展途上で未開拓の問題が山積みである意識研究を、研究者である著者が一般に向けて発信するという非常に挑戦的な取り組みと言えるでしょう。意識研究の奥深さや、脳を研究するということがどういうことなのかを伝えるために、本書の前半ではじっくりと扱う意識の定義を考え、所々で専門的な神経科学の知識をかなりの文章量を割いて解説しています。より伝わりやすくする工夫として、「視覚クオリアと視覚野」が章を越えて一本の筋にすえられ、その周辺の知見そのものだけでなく、研究者にスポットライトを当て、物語調に解説が進みます。しかし、踏み入った内容を扱っているコラムを読み飛ばしたとしても、ほとんど生物学や神経科学の前提知識のない人や、アカデミックなトレーニングを受けていない人が、雰囲気以上のものを読み取るのは難しいでしょう。もっともまえがきによれば、著者としてもあくまで神経の仕組みに魔法の入り込む余地がないこと、そこから意識が生まれる面白さが伝われば良いという考えのようです。前半の手堅い研究に基づいた慎重な積み重ねとは打って変わって、後半に入ると著者の大胆な理論の展開が見られます。脳の半球を機械に置き換え、機械に人工意識が宿っているかどうかをヒトの主観で判断するという手法の提案などは、誰が読んでも分かりやすいおもしろさと、研究者たちに検討を迫る奥深さを兼ね備えています。しかし意識を研究している人間からすれば、既存の意識の理論たちの紹介や検討は十分なものとは言えず、少々物足りなさも残るところです(紹介されていない代表的な意識の理論に関する文献紹介は次節に譲ります)。本職の人には簡単な内容も多く、一般書としては難しい、悪く言えば中途半端とも捉えられるかもしれませんが、読み手側もプロとアマチュアに二分されているわけではありません。研究室への配属を待つ学部生、神経科学の勉強を始めたての大学院生、脳や意識の問題に興味のある異分野の研究者など、神経科学・意識研究に関してプロでもなければアマチュアでもない人たちには非常に適した、学びの大きい本であると思います。

本書の中で著者は「人工意識の機械・脳半球接続テスト」を意識の自然則の検証方法として提案しています。直接接続することでヒトの主観で機械の意識を判定するという発想には驚かされましたし、検証可能な実験方法に乏しい意識科学において大変意義のある提案だと言えるでしょう。しかしここではあえて厳しい目で、技術的な困難性について一点、さらに技術的な難しさは全て時間が解決してくれると仮定した場合でも、私が議論の必要があると考える三点を挙げさせてもらいます。

著者は接続実験の前段階としてマウスの左右の脳を分断して、マイクロワイヤ電極を用いて再接続する実験を行っていると紹介していますが、これは脳梁を接続することを目指す「人工意識の機械・脳半球接続テスト」とは似て非なるものです。片方の半球の細胞体と呼ばれる神経細胞の大きい部分の活動を表面から読み取って、反対側の半球へと伝えることは、脳梁という非常に細い神経軸索の集まりを切断し、その神経細胞を殺さずして活動を読み取り伝達することとは要求される技術の次元が違うと言えるでしょう。確かに細胞体から細胞体への連絡で配線は可能かもしれませんが、著者の指摘する通り、「人工意識の機械・脳半球接続テスト」の鍵を握るのは生体の脳半球間神経連絡の制約が踏襲されることです。具体的にどの細胞体が脳梁を通って反対側のどの細胞体に繋がっているのかを生体で調べるのが困難な以上、マウスで行われている再配線の方法では説得力に欠けるということになるでしょう。また、意識の統合される仕組みの解明ということであれば、再配線よりむしろ接続されたままの脳梁に光遺伝学的手法で介入して接続をコントロールする方が直接的な実験であると私は考えます。

次に技術的な問題を無視した場合の議論ですが、まず一つに、このテストを行うヒト本人の「主観的な意識の安全性」が確認できないという点が上がるでしょう。生体脳と機械を接続することによる、客観的に測れる脳活動の安全性は、著者がマウスで行っているような動物実験で、ある程度保証することが可能です。しかし、ヒトの主観が意識の判定に必要なのと同じ理由で、ヒトの意識に接続による影響が出るか否かを、ヒトの主観を使わず事前に確認する手段はありません。このようなヒトを使った実験が倫理的に許されるかどうかの判断は、慎重に行わなければならないでしょう。

二つ目の点も、一つ目と本質的には似ている問題提起です。確かに直接脳を機械に接続することで、主観によって判断が下せるようになるように感じますが、私たちは被験者の知覚報告でしか実験の成否を測ることが出来ません。第四章でも紹介された、「哲学的ゾンビ」の存在が仮定される以上、著者が言うように私たちは隣人の意識も疑わなければいけないわけで、「人工意識の機械・脳半球接続テスト」を実行している人も例外ではありません。まして、本書でも扱われているように、主観は自由意志を錯覚したり、バックワードマスキングなどによってコントロールされたりする、正直頼りないものです。また、テストに参加する人は分離脳の状態になりますが、分離脳の患者は作話(3)と呼ばれる症状が出ることも知られています。さらに、視覚が統合されたか否かがはっきり分かれるような知覚にならない可能性、一つ目の問題点でもある脳と機械の接続による主観的な意識への影響が検証できないことを考慮すれば、「人工意識の機械・脳半球接続テスト」における知覚報告は手放しで信用していい類のものではないと私は考えます。問題提起とは少々ずれますが、もう少し踏み込んで言えば、感覚意識体験・クオリアの存在そのものについての議論も決着はしていません。意識を実験科学するのであればクオリアを立証するには、私たちが哲学的ゾンビでないことや、消去主義的唯物論などのラジカルなクオリア批判をも否定する実験的な証拠が必要でしょう。これに関連する文献も後ほど紹介します。

最後の議論すべき点として提示したいのは、この「人工意識の機械・脳半球接続テスト」でテストできるのはヒトに限りなく近い形の意識のみであるという点です。著者が終章のコラムで指摘するように、意識の自然則が存在するとすれば、それは地球型の中枢神経系に特化したものではないでしょう。であるならば意識の解明は、意識の自然則の一般形を求めることで終着することになります。しかしこの「人工意識の機械・脳半球接続テスト」ではヒトの脳に接続できるような形の意識しかテストできないので、その意識の自然則の一般形が正しいかどうかの検証には使えないということになるのではないでしょうか。著者は、私たちに主観と客観をつなぐ術がないことをバイパスする試みとして「人工意識の機械・脳半球接続テスト」を提案していますが、結局主観と客観をつなぐ術、もしくは客観だけで意識を説明し切る術を編み出せなければ、意識の解明とまでは言えないと私は考えます。しかしそれでも、既存の意識の検証方法の中では、この「人工意識の機械・脳半球接続テスト」は成功すれば最も説得力のあるものであると思います。

著者は意識の自然則の客観側の対象として、「情報」ではなく「神経アルゴリズム」、具体的には「生成モデル」を提案しています。ただ、第五章のコラムで著者が紹介したように、情報理論と生成モデルや生体脳におけるアルゴリズムの関係性は分断されているわけではありません。今後著者の紹介した決定論カオスや、雪崩現象、カオスの縁など生体脳における現象の情報理論的な理解が進んでいく中で、神経アルゴリズムと情報理論は対立と融合を繰り返しながら発展していくことが期待できると私は考えます。

また、生成モデルを使ってヒトと接続できるような意識を機械に宿そうとする取り組みは、ヒトの脳の機能をほとんど余すことなく再現することと同義ではないかと私は考えます。本書は視覚クオリアと視覚野を例にとって進んでいくので、生成モデルの説明の際も、ITなどの高次の視覚部位が図の一番上に位置していますが、実際には視覚野は前頭前野などとも相互作用があることが知られています(Ungerleider et al., 1989; Gazzaley et al., 2007)。前頭前野などの部位が意識全般、クオリアもしくは視覚クオリアに必要かどうかは議論が分かれるところですが(Boly et al., 2017; Odegaard et al., 2017)、そう言った部位との相互作用で形成されたヒトの脳と接続できる形にするために、機械側にも同じ仕組みを実装して長期間学習させなければならない可能性は大いにあると思います。そういった接続に関する制約に対して著者が終章で主張する、生体脳半球を解析してその情報を元に、高度に適応するような魔改造を機械に施すとは、実質的に脳のほとんどの機能を再現することに近いと私は考えます。もっとも、視覚クオリアだけを取り出してテストすることができる可能性に賭けて、視覚野関連の生成モデルのみを接続することも可能でしょう。しかし前段落であげたように、「人工意識の機械・脳半球接続テスト」の成否が主観に基づく報告である以上、視覚クオリアだけを取り出すことが出来たかどうかの判断には、比較対象として脳完全網羅版の生成モデルが必要であると考えます。その場合、脳の機能や相互作用が生成モデルで説明し切ることができるかどうかなども検討していく必要があるでしょう。

ここまで本書の主張・提案にコメントしてきましたが、ともすると私自身が本書に対して少々懐疑的であると受け取られるかもしれません。勘違いしないで欲しいのですが、視覚野関連だけの接続による「人工意識の機械・脳半球接続テスト」や、著者の計画するマウスにおける脳半球の接続実験から得られる知見が、意識を紐解く上で重要なものになることは私自身も賛同しているところです。その上で意識にさらに迫る、解明まで行くにはどんなことが考えられるか掘り下げようというのがコメントの趣旨になります。

はじめにも触れましたが、本書の特徴の一つに、解説対象の知見そのものだけでなく、その研究者のドラマに度々スポットライトを当てている点が挙げられます。それだけでなく、著者自身の研究が紹介される際には研究の成り立ち、さらにはつまずきとその解決の経緯や、研究競争・立案などについてまでが書かれているのです。情報を扱う意識の理論や、量子脳理論に対して正直に懐疑的な立場を表明する辺りにも好感が持てます。それに対して、淡々と得られた知見を並べて、立証できるギリギリのラインのことを主張する学術論文は、正直なところ、読み物としてはつまらないことが多いと私は感じています。私がこの書評で書いた要約も、ドラマを省いて知見を並べた、「有益かも知れないがつまらない文章」の一例です。実験立案に至るまでの経緯や失敗、そこからの成功までのドラマ、そして結果も分からない今後の研究に関するプロの研究者の妄想こそが、ただ単におもしろく読みやすいだけでなく、後続の研究・研究者の卵たちの糧となるのではないでしょうか。もちろん論文のような形が必要ないとは言いませんが、本書のように読者が、今後この研究はどうなるんだろうと気になったり、応援したくなったりするような文章が増えることを個人的には期待しています。まとめると、本書は意識科学の教科書・入門書として扱うには偏りと難しさがありますが、「渡辺正峰の研究」入門書と捉えれば、著者の没入感と情熱の伝わる優れた文章であると思います。

文献紹介

まず最初に、本書を読んで神経科学自体に興味が出てきた人におすすめする、教科書的な本を紹介しておきます。生物学的な神経科学の教科書としてはカンデルら(2000)、神経科学の数理的な側面の教科書としてはダヤンら(2005)が代表的です。ただしカンデルら(2000)は日本語訳も出版されているものの、かなりの長編なので、初学者は神経科学の授業を履修したり、動画サイト等で神経科学の講義を視聴することをおすすめします。

本書では第一章で「クオリア」が扱われる意識として定義されますが、このクオリア自体にも批判や議論が存在します。タイやデネットの議論が代表的です(Tye, 2000; Dennett, 1991)。本書で紹介されていない意識の理論としては、情報が各脳の部位に伝達される仕組みに着目したGlobal-Workspace theoryとその派生(Baars, 2001; Dehaene et al., 2003)が統合情報理論と二大理論として語られることが多く、他にも回帰的な処理が重要であるとするRecurrent processing theory(Lamme, 2006)や、認知・知覚を再表現するものが意識だとするHigher-order theory(Rosenthal, 2002; Lau & Rosenthal, 2011)などが代表例として挙げられます。また近年、前頭前野が意識にとって重要であるか否かが議論の焦点となっており、双方の支持者の意見を同じ学術誌で同時に発表する試みがありました(Boly et al., 2017; Odegaard et al., 2017)。他にも、意識に進化的な側面からアプローチする試みや(Ginsburg & Jablonka, 2019)、記憶と意識との関連性を提唱する枠組みなど(Tulving, 1985)意識の研究は多岐に渡ります。

著者は第五章で「生成モデル」を意識の自然則の対象として提案しています。そのような脳がトップダウンの予測を行うマシーンであるという方向性の議論や、脳におけるアナリシス・バイ・シンセシスへの理解を深めたい場合は、Bayesian Brainという考え方(Fahlman et al., 1983; Dayan et al., 1995)や、Free Energy Principle(Hinton & Zemal, 1994; Friston et al., 2006)、Predictive Coding(Rao & ballard, 1999)なども押さえておくべきでしょう。これらに関連した、日本語で出版されている書籍としてはホーヴィ(2013)の訳本や、乾・阪口(2020)が挙げられます。

また、注意して欲しいのは、この文献紹介で挙げたもの以外にも意識の理論は無数に存在するということ、それらの理論は必ずしもお互いを否定するものとは限らないこと、そしてそれらの中に「正解」が存在する保証もないということです。また、意識科学はまだまだ発展途上の段階にあり、新たな知見が得られる度に理論が大胆に改良され、派生していくことが日常茶飯事ですので、意識科学に携わろうという人は、できるだけ最新の原著論文を追うことをおすすめします。

1)両眼視野闘争とは二つの異なる図形、例えば縦縞と横縞、を左右の目に提示すると、ある瞬間には縦縞しか見えず、次の瞬間には横縞しか見えないという知覚の交代現象のことです。

2)光遺伝学とも呼ばれるこの手法は、光刺激で開閉するイオンチャンネルを特定の神経細胞に発現させることで、神経細胞の活動を光でコントロールするというものです。

3)作話とは記憶障害の一種で、欠如した記憶を他の記憶や周囲の情報で埋め合わせた結果、覚えていないことを覚えているような感覚で話してしまう心理現象です。間違った記憶を本当のことのように話してしまいますが、本人としては騙すつもりがないという点で嘘とは区別されます。

参考文献

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出版元公式ウェブサイト

中央公論新社

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2017/11/102460.html

評者情報

豊泉 英智(とよいずみ えいち)

2019年ワシントン大学シアトル校を分子生物学専攻で卒業、現在は東京大学大学院総合文化研究科修士課程在籍、理化学研究所・脳神経科学研究センター 神経回路・行動生理学研究チーム所属。専門は神経生物学・神経生理学・意識科学。帰国後は記憶と発達という側面から意識に切り込む研究を行なっている。