Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2021年7月5日

大森英樹『数学のなかの物理学:幾何学的量子論へむかって』

東京大学出版会,2004年

評者:脇本 佑紀

Tokyo Academic Review of Books, vol.25 (2021); https://doi.org/10.52509/tarb0025

本書の背景にあるもの

本書を評する前に、これからこの分野に入っていく初学者を想定して、本書の背後にあろう自然観を確認したい。

今日、私たちは科学的自然観を教育され身に着けている。実際、日本国の文部科学省が発行する学習指導要領には「科学的な見方・考え方」の習得が掲げられている。こうしたカリキュラムの一環として、斜面を運動する台車を観測し、紙テープに打点された跡からその変位を測定して、またニュートンの運動方程式から予測した結果と突き合わせることで、法則の確からしさを検証したことがある人もいるかもしれない。すなわち科学的自然観とは、観測・測定・予測の三測を特徴とした自然観であるといえないだろうか。私たちはこれら三測の対象となることを以て科学的実在を認める。科学的自然観の起源は古代メソポタミアで起こりバビロニアで発展した占星術などに遡れるかもしれぬ。すると自然を数値で捉えようとする営みは文化的かつ偶然的に発生したものであり、決して自明なものではない[0]。

私たちは数値に何を期待しているのだろうか。そこには「対象について知ること」(認識論的側面)および、「対象そのものを表すこと」(存在論的側面)の二つが見い出されるように思われる。両者を心地よく混同するまどろみから人々を覚ましたのが量子の発見であった。二重スリットの実験を例に挙げよう。電子に2つの経路を用意し、スクリーン(蛍光膜)へ放つ。スクリーンへ至った電子はその上の原子を一つ励起する。原子から出た電子はマルチチャンネルプレートで増幅され、最終的にモニター上の一点として現れる。点の集積は干渉縞を成すが、そのパターンは放たれた電子がどの位置の原子と相互作用するかを、「対象を数値で表し」決定することが不可能であることを明らかにした。最終的にはコッヘン・シュペッカーの定理によって「対象を数値で表す」こと自体の不可能性が示され、「自然を数値で捉える」試みは初めて拒絶に遭遇した。量子力学ならびに量子場の理論によって「量子について知ること」(認識論的側面)の問題は一応の解決を見た一方で、「量子そのものを表すこと」(存在論的側面)の問題についてはいまだ明らかになっていない。

突然だが数学者に話を移そう。数学者とは数学を能くする者たちである。心より数学を行う者にとって、それが専門とする数学で「触れる」ことは、その対象に対して実在感を抱く必要条件となる(この議論は実在感の心理学の問題であって、数学的プラトニズム云々の哲学とは無縁である)。私たちが手で触れられるものに実在感を抱くのは手を使い慣れているからに他ならない。目に触れることにしても、そして数学にしても同様であると考えればなんら奇妙な言説ではない。さて、こうした数学者が物理学、とりわけ量子を実在のものと認めるには、これを数学で表す必要がある。かくして本書のタイトル「数学のなかの物理学」が理解されよう。本タイトルは「物理学 ⊂ 数学」なる主張ではなく、「物理学 ∩ 数学」なる対象を意味する。本書は物理学と数学の共通部分について、とくに量子論を目指して、探求する書である。

数学は量子と値をめぐる科学の諸相にどう絡むのであろうか。「量子そのもの」を数学で表す試みには様々な流派がある。その一つが「幾何学的量子論」であり、幾何学者である著者がそこへ「むかう」べくサブタイトルとしているものである。私たちもそこへ「むかう」ため観測・測定・予測に話を戻そう。それらの営みは「値」を扱うのであった。とりわけ予測における「値」は計算によって与えられる。計算はさらに、計算の規則、すなわち代数に規定されている。一方で「値」は値がなす空間上の点として扱われる。それは数直線上の点かもしれないし、地球上の位置を示すもの——球面上の点——かもしれない。「値」は計算によって姿を変えていくが、その大域的な性質はそれ自身がなす空間の幾何学によって規定されている。

かくしてここに代数と幾何学の随伴性が現れる(その最も一般化された形式はイズベル双対性と呼ばれている)。量子以前の(古典的な)計算法則、すなわちニュートン力学をハミルトン形式で表したとき、随伴する幾何学はシンプレクティック幾何学と呼ばれる。一方で量子の計算規則=代数は量子以前のそれから変形量子化と呼ばれる手続きによって得られる。ではこの量子的な代数に随伴する幾何学は何であろうか。「量子を数値で表す」ことができない以上、対応する幾何学はおそらく「点を持たない」ことが期待される。こうした「点」概念を揺るがす幾何学の構成を以て量子を理解せんとするヴィジョンが「幾何学的量子論」である。ただし本書はそこを目指す過程であり、「幾何学的量子論」の明確な定義はされていない。これは本書を踏まえた私なりの説明である。

補足

量子の代数に随伴する幾何学の一つに非可換幾何学があり、簡単な場合については具体的に構成されている。なお関連する手続きに「幾何学的量子化」があるが、これは上記の「幾何学的量子論」志向しつつも、それを得るものではない。

関連書籍紹介

数学の文化的・社会的基盤については、たとえば[0]の第2章に短い考察がある。

  1. マイケル・トマセロ『心とことばの起源を探る』勁草書房(2006)

量子力学的な現象について知りたい場合は[1]が名著である。また哲学側からの入門書に[2]がある。

  1. 外村彰『目で見る美しい量子力学』サイエンス社(2010)
  2. Peter J. Lewis, “Quantum Ontology: A Guide to the Metaphysics of Quantum Mechanic,” Oxford (2016)

本書の内容に関する、よりフォーマルな文体で書かれた教科書には[3]がある。またシンプレクティック幾何学からの位置づけや数学における応用については[4]が詳しい。[4]は本書著者の幾何学に対する「こだわり」への不同意が明記されている点でも何かしらの参考になろう。

  1. 前田吉昭,佐古彰史『非可換微分幾何学の基礎』共立出版(2020)
  2. 深谷賢治『シンプレクティック幾何学』岩波書店(2008)

代数と幾何学の双対性については[5]やnLabの記事[6]が参考になるかもしれない。

  1. 圏論の歩き方委員会『圏論の歩き方』日本評論社(2015)
  2. nLab authors, “space and quantity,” nLab(2021)

ここで量子という「対象そのものを表す」ほかの試みについて、参考のため文献を紹介しておく。まず「対象を表す数値」の数値そのものを変革しようとする試みとして、量子論理に基づいて量子実数を構成するアプローチがある[7]。それから同じく論理からのアプローチで、圏論におけるトポスの、量子論理版を構成しようとするものがある[8]。またトポスをコッケン・シュペッカーの定理を超えるために用いるアプローチがあり[9]、もっぱらトポス量子論と称される。これは[8]の最終章でも流儀をすこし変えた形で紹介されている。[9]は「いかなる量子的現象も説明は古典的にされなければらなない」というボーアのテーゼ([10]などに引用がある)に則っている。この方面から量子・古典の対応に焦点を当てて定式化しようとしているのが[11]である。なお[12]はやはり圏論を用いているが、「量子の存在論」を十分に認識しつつ、あくまでその内実には踏み込まず相互関係において量子を記述する立場を取っている([12]の原題は“Pictureing Quantum Process”であり、このことを明確に表している)。[12]は量子力学に関するキーワードが比較的新しいものを含めて一通り網羅されておりこの点でも参考になる。

  1. 小澤正直『論理・集合・実数・物理・測定 : 量子集合論と量子力学の観測問題 (非可換解析とミクロ・マクロ双対性)』京都大学数理解析研究所 数理解析研究所講究録 1658巻 228–256
  2. クリス・ヘウネン 著,川辺 治之 訳『圏論による量子計算のモデルと論理』共立出版(2018)
  3. Andreas Doering, Chris J. Isham, “A Topos Foundation for Theories of Physics: {I, II, III, IV},” Journal of Mathematical Physics 49, {053515, 053516, 053517, 053518} (2008);
  4. Jan Faye, “Copenhagen Interpretation of Quantum Mechanics,” Stanford Encyclopedia of Philosophy (2019)
  5. 小嶋泉『量子場とミクロ・マクロ双対性』丸善出版(2013)
  6. ボブ・クック,アレクス・キッシンジャー『圏論的量子力学』森北出版(2021)

本書の内容

以上の紹介により本書のタイトルを説明し、「一般読者や初学者向けのガイド」としての責任は果たしたと思われるので、書評にあたっての内容概説に移る。本書は「はじめに/おわりに」に加え12の章から構成されている。なお専門用語はそれが記載されていることの紹介として用い、解説はしない。

「はじめに 物理学に対する数学の立場」では物理学に対する著者の立場および「観測」や「空間」「点」に対する問題意識が簡潔に語られる(先述の背景はこれを私なりに敷衍したものである)。

「第1章 素朴な観測論と多様体」では「観測」を定式化すべく、代数や位相空間、多様体、群、グラスマン代数などの基礎的な数学が導入される。

「第2章 古典的運動」では「物の動き」を記述するために、リー微分や共変微分など、微分幾何学の諸概念が導入される。また自由テンソル代数からハイゼンベルク代数やワイル代数が定義される。著者独自の「必要悪としての多様体」や「数学的存在」といったコンセプトも本章で論じられる。

「第3章 不確定性原理」では「物の動き」を力学として与える、ハミルトン系ならびにその背景としてのポアソン多様体やシンプレクティック多様体、接触多様体などが導入される。また不確定性原理が与えられ、これの定式化を通じて非可換代数の必然性が示される。そして代数の順序付け問題が提起され、曖昧ベクトル束や齟齬といった、著者の主たる研究対象が導入されていく。

「第4章 非可換世界の問題点」では変形量子化の問題が導入される。まず観測値の問題を定式化するためにσフレシェ代数や位相群、リー群の余随伴軌道が導入され、演算子の力学を検討する。とくに多様体上の微分作用素環としてのワイル代数が導入される。それから著者の手による「非可換世界の手軽なモデル」としてμ制御代数が定義される。変形量子化の問題はコンツェビッチによって形式的に解決された問題だが、形式的な解決では至らない部分がこのμ制御代数によって指摘される。

「第5章 量子的世界の取り扱い」では自由テンソル代数から始めて所望の代数を構成することで、「代数の崩壊」現象を定式化する。それから微分を用いた非可換代数の構成を行い、モイヤル積を一般化した*-積を導入する。また正規順序やワイル順序などの積順序から順序付け問題を再び扱う。そして「代数の崩壊」としての結合律の破れを具体的に見る。

「第6章 結合律と対称性」では*-積を「量子的存在」として捉え、各種の積順序をその特定の範囲での「表示」とする著者の哲学が数学的に整備される。*-指数関数を定義し、積順序の変換を考える。そこから著者がその物理学的解釈を主要な課題とする、2対2の多価性が見出される。また*-積に基づくフーリエ変換やラプラス変換が実施され、とくにラプラス変換からは逆元が定義される。これらを通じて複数逆元の存在や結合律の破れ、発散の問題などが観察される。

「第7章 時間発展の方程式」では前章で定義された*-指数関数を用い、2次のハミルトニアンに対する時間発展を検討する。そこでもやはり2価の元が登場することを確認し、これを扱うために曖昧被覆群を定義する。その中で2つの逆元や結合律の破れが改めて検討される。

「第8章 シュレディンガー的世界」では議論を一度仕切り直し、配位空間上の擬微分作用素を定義する。特にヘルマンダー型擬微分作用素からワイル型擬微分作用素を構成する。またそれらが*-積代数の表現として得られることを見る。

「第9章 ハイゼンベルク的世界の構成問題」では多様体上の関数環からμ制御代数を構成する。コホモロジー理論を導入し、コンツェビッチの結果を通じて議論を捉え直す。

「第10章 ワイル的世界」では実際にμ制御代数を関数環として持ち「点を持たない」ように見える空間であるワイル多様体を構成する(これは大森–前田–吉岡による成果でもある)。またワイル代数を「手軽に」一般化する方法としてsuper化を導入し、超ポアソン代数の量子化としてワイル–クリフォード代数を定義してμ制御代数と紐づける。

「第11章 点集合を超えた世界」ではこれまでも登場した曖昧被覆群や齟齬の概念を改めて定義する。そして2次の*-積指数関数からそうした、張り合わせに齟齬をきたす“群”が自然に現れるのを見る。

「第12章 汎リー群」では無限小変換を定式化する最低限の公理を備えた汎リー群を定義する。群論的に微積分を導入し、汎関数積分をこれで解釈する。また均質空間や余随伴軌道の概念を汎リー群上で再定義し、汎リー群においても余随伴軌道が有限次元の場合にシンプレクティック多様体となることを見る。

「おわりに 砂漠の道案内人の弁」では、本書のトピックスが「演算子的に見た微積分の代数」に起因するものであることを結論し、量子論の問題は数学の問題として捉えられるべきものであることが再度強調される。また自らを半死白頭翁になぞらえ、若者に希望を託して筆を結ぶ。

備考

「第3章 不確定性原理」では歴史的なやり方で不確定性を導入している。すなわちハイゼンベルク流の、観測による対象量の擾乱としての不確定性原理である。本書の文脈上ここに誤りはないが、初学者が混乱しやすい箇所でもあると思われるので、念のため補足をしておく。

まず、素朴に不確定性原理と呼ばれる不等式には2つの種類がある。一つ目は上記のとおり、観測による対象量の擾乱を表したハイゼンベルクの不等式である。もう一つは正準共役の関係にある量の、それぞれの波動関数の分散の間に成立する不等式で、こちらはロバートソンの不等式と呼ばれる。両者を統一したのが小澤の不等式である。

また、「不確定性」という名称について、ハイゼンベルクの不等式は「対象量が確定すれど擾乱される」ことを含意しており、内実は異なる。またロバートソンの不等式は共役する物理量の「同時不確定性」を意味しない。確率分布の間の関係とそれぞれの量の確定性は無関係である。また射影仮設を採ると確かにロバートソンの不等式は「同時不確定性」を意味するが、今日では射影仮設を満たさない観測プロセスの存在が示されている(POVM測定と呼ばれる)。文字通りの「不確定性原理」を表しているのはコッヘン・シュペッカーの定理である。

また本書では

物理では時間とエネルギーも正準共役とされている.

と述べている。時間とエネルギーについては一般に不確定性関係を論じることはできず、そのことを踏まえて断言を避けたのであろう。一方で量子場の理論などにおいては「時間とエネルギーの不確定性」が直感的な理解を助ける便宜で用いられることもある。この「濫用」がどれほど妥当かは明らかではない。

補足

著者が自らをなぞらえている「半死白頭翁」は劉希夷の漢詩「代悲白頭翁」の一節をもじったものであろうか。「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」と歌われた世の無常は寂寞の感を生じせしめること常だけれども、無常は一方で沈滞した現状がいつか明ける希望をも孕んでいよう。

著者の研究はその後、「おわりに」で見いだされた「演算子的に見た微積分の代数」の世界を掘り下げる方向性で現在も進行中である。その経過は[13,14]で見ることができる。ヤコビのテータ関数を*-積を用いて表した級数表示[13]のエレガントさなどは非常に興味深い。微積分の代数だけから生じる数学的現象(φαινόμενον)が、物理学としてどう現れて(φαίνεσθαι)くるかは、まだ分かっていない。

  1. 大森英樹「演算子的に見た微分・積分の代数(I) 表示変形論,導入編」現代数学社(2018)
  2. 大森英樹「演算子的に見た微分・積分の代数(II) 表示変形論,応用編」現代数学社(2019)

書評

本書の特徴は

  • 著者によって定義されたものを含む、多彩な数学的トピック
  • 著者の体感を踏まえたインフォーマルな語り口
  • 漠然とした問題に対して、信念を持って挑むプロセスそのものの描写

にある。それゆえにまず、教条的な数学や緻密な論理展開の習得を目的とする学生にはお薦めしない。本書の記述スタイルはあくまで思弁の過程であり、個別の箇所では「きちんと数学」しながらも全体としての語り口はエッセイ的で、それらの期待には反するからである。またシンプルで抽象的な手法を好む読者の肌にも合わないだろう。計算を通じて対象に「触れられる」ことを著者は旨としており、アブストラクト・ナンセンスな手法を避けるからである。そして「観測」や「数学的存在」に関する哲学的な方面からの興味に対しては、議論の素朴さゆえ応えることができないように思われる。尤も、この点は本書に限らず、日本の数学者および物理学者全体が持つ特徴のようである。

一方、著者と関心を同じくする者にとっては絶好の「道案内」となろう。幾何学的量子論を志向した際に現れる曖昧群や齟齬の数学的問題は著者オリジナルの研究対象である。また「出来上がった数学」ではなく「出来ていく数学」に関心を持つ者にとって、本書は希少な一冊となるだろう。著者の論理展開の特徴は「研究しやすい性質のよさ」を仮定しながら議論を制限していくのではなく、あくまで計算に則り、そこで表れた「数学的現象」を、いかに反直感的であろうと丹念に認めながら議論を拡げていくことにある。著者の探求スタイルはほんの一例であるとはいえ、一つの生々しい研究の現場に触れることで、本書は自らの思弁スタイルを模索する貴重な材料となろう。

また諸概念をフォーマルに押さえた上で感覚的な理解を深めたい読者、あるいは感覚的な範囲で理解しておきたい読者にとっては、

位相とは「連続」という概念が数学的に述べられるような最小のしかけである.何が開集合であるかを決めると位相は決められる.
リー微分が無限小変換の感覚を基礎にしていたのに対し,共変微分は無限小平行移動の感覚を基礎にしている.

こうした著者のインフォーマルなコメントが大いなる手助けとなるだろう。多彩なトピックスをちょっとした手引きとして用いることができる。

今日、理数系の博士課程生で一般企業就職の道に進む者も一定数いよう。それまでに学んだ知識が職場で即座に活用できることはまず無いと思われる。そこで役立つのは知識ではなく、分野の「こころ」である。博士の経験者は各企業固有の課題に対し、それぞれの「こころ」で新たな道を切り開くことが期待されているであろう。本書の特質は紛れもなく、その一言一句に横溢する著者の「こころ」にある。本書評を通じて読者が一風変わった本書に触れ、知識はもとより、その分野の「こころ」を育む一助となれば幸いである。

謝辞

本書評の執筆にあたり保科宏樹氏から有用なコメントを頂きました。ここに謝意を表します。また執筆の機会と丹念なコメントを下さったTARB編集委員ならびに評議員の皆様にも、この場を借りて格別のお礼を申し上げます。

出版元公式ウェブサイト

東京大学出版会

http://www.utp.or.jp/book/b302027.html

評者情報

脇本 佑紀(わきもと ゆうき)

首都大学東京(現・東京都立大学かつ旧・東京都立大学)物理学専攻高エネルギー物理学研究室にて博士課程を修了後、一般企業に就職。博士論文のテーマはストリング宇宙論。ほか可積分系の研究を行っていた。量子の存在論ならびにアポステオリ時間論に強い関心がある。ほか身体論やプログラミング、アート、人間社会などにも興味があり雑駁な文章を書くのが趣味。