Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2021年9月15日

ロレイン・ダストン、ピーター・ギャリソン『客観性』

瀬戸口明久・岡澤康浩・坂本邦暢・有賀暢迪訳,名古屋大学出版会,2021年

評者:岡澤 康浩

Tokyo Academic Review of Books, vol.29 (2021); https://doi.org/10.52509/tarb0029

1. 本書の概要

「客観性」という概念は、19世紀に突如として科学者たちの注目を集め、19世紀が終わるころにはもはや科学的であることそのものと同一視されるほど、科学的活動を特徴づけるものとなった。ダストンとギャリソンの『客観性』は、19世紀半ばに生じたこの「客観性ショック」と呼ぶべき一大事件を取り上げ、その衝撃を歴史の中に位置づけ直す。そこで描かれるのは、客観性が科学活動や科学の組織化を制御する理念として急速に受け入れられていく過程と、それにともなって科学実践、科学的視覚、そして科学的主体がラディカルに再編されていく歴史である。だが、それはたんなる科学の歴史にはとどまらない。なぜなら、客観性の歴史とは、同時にその裏返しである主観性の歴史なのであり、客観性と主観性という概念対が再編されるとき、科学を生業としない人々の生や視覚さえをもがそれにあわせて変わらざるをえないからだ。その意味で、この本が語るのは科学者の歴史にとどまらず、19世紀に生じた客観性と主観性という二分法の下を現在も生きるわたしたち自身の歴史でもある。

本書の背景

本書はロレイン・ダストンとピーター・ギャリソンという二人の科学史家による共同プロジェクトの成果である。初期近代の自然哲学の研究者であるダストンはベルリンのマックス・プランク科学史研究所を拠点に、科学史・思想史・美術史にまたがる幅広いトピックを扱う国際的な共同研究を進め、英語圏における科学史研究を世界的にリードしてきた。一方のギャリソンはハーバード大学の科学史家として、特に物理学の歴史における世界的権威として知られている。2007年に出版された原書は、こうした世界トップクラスの科学史家二人が「客観性」という科学の根幹に関わりうる概念の史的生成について共同的に取り組んだ成果として大きなインパクトを与え、科学史業界の必読書の一つとなった。

科学にとって重要な概念の生成をその哲学的含意を含めて検討しようとする野心的な本書の研究スタイルはガストン・バシュラール、ジョルジュ・カンギレム、ミシェル・フーコーなどの名によって語られるフランス科学認識論にたいする英語圏からの返答として位置づけることができるだろう。本書ではフーコーの名前がそれほど言及されるわけではないが、客観性を意志する科学的主体の生成とそこにおける自己のテクノロジーを論じた箇所からは、本書がフーコーのインパクトを受け止め、それを独自に展開するものであることは明らかだ。

同時に、本書の特徴の一つは具体的な実践への注目である。科学社会学者・科学人類学者に主導されるかたちで1980年代前後にはじまった実験室研究は、「真理」や「実在」といった高度に抽象的で哲学的な概念や理念の作動を、実験や観測といった科学者たちの具体的な実践のなかで検討するという方向性を切り開いた。本書はこうした実践への関心を引き継ぎながら、概念と実践との関係性の変化を数世紀にわたる歴史的スパンで検討することで、実践の分析が科学的概念や理念の歴史的解明にも豊かな成果をもたらすことを示した。

だが、本書をひときわ優れたものとしているのは、これが狭義の科学史家に向けられた専門書ではなく、より広い読者を対象とした人文書として書かれているという点である。科学における客観性という哲学的かつ実践的問題を扱う本書は、科学哲学者や、科学に携わる実践家たちにとって興味深いのはもちろん、本書で展開されるカメラ・オブスキュラや写真を使った科学図像作成をめぐる分析は、科学的認識論の歴史が視覚の歴史やメディア・テクノロジーの歴史と不可分であることを示している。二人の卓越した科学史家の手による本書は、学際的な共同研究がもたらしうる豊かさを証明し、人文学の可能性を今一度信じさせてくれるだろう。

本書の主な主張

本書はまずわたしたちが「客観的」という言葉でしばしば複数の異なる、さらには時に対立する態度を指していると主張する。本書の試みは歴史的探究を通してこの客観性という概念の多層性をときほぐし、それぞれの備える合理性と、それらが潜在的にはらむ対立を明らかにしていくことである。本書はこうした客観性のありかたの変容を、自然の「正しい」像を見てとりそれを描くという科学図像の制作実践、特に科学アトラスと呼ばれる多くの図版を収めた科学参考書・図鑑の制作に焦点を合わせて辿り直す。

著者たちはまず、認識活動を統制する三つの体制レジームがあるという。一つ目は17世紀以来存在する「本性への忠誠(truth-to-nature)」。次いで、19世紀半ばに登場した「機械的客観性(mechanical objectivity)」。最後に20世紀初頭にあらわれた「訓練された判断(trained judgement)」である。この三つの認識レジームのうちもっともわかりやすいのは、客観性そのものとしばしば同一される「機械的客観性」である。これは、認識を行う科学者の主観を可能な限り排除することを理想とする。このレジームの下で、科学者は主観性による影響を避けるためにあらゆる手段を講じる。たとえば、測定や描写を自動化する機械を導入したり、それができない場合には一定の規則に機械的に従うことで、科学者自らの身体がはらむ主観性を排除する。

こうした主観性を排除することで、科学的対象の「正しい」像をつくれるという発想は、今日のわたしたちにも極めて自然なことに思える。だが、著者らによると、客観性がこうした主観の排除として理解されるようになるのは19世紀半ばからのことに過ぎない。機械的客観性とは異なる認識レジームというものは可能であり、また実際に存在してきたのだった。たとえば、長年の鍛錬の成果として獲得した鋭い観察眼によって、観察対象たる自然の本性(nature)を一挙に見抜く18世紀の賢者には、機械的な描写は対象の本性を取り逃すので、「本性への忠誠」を欠いたものに見えるだろう。あるいは、高度に組織化が進んだ科学教育の中でトレーニングを受けた20世紀の専門家たちにとっては、科学的図像の作成や読解に「訓練された判断」を活用せずに、ただ機械的に描写を続けることは、観察対象をとらえそこねたものにみえるだろう。

機械的客観性が科学者につきつける自己の抹消という要求は、科学にとって科学的主体が果たす役割とは何かという問いにたいする回答の一つでもある。それゆえ、客観性の歴史を描き出す本書は、同時に主観性の歴史へと向かう。そして、「科学的自己 scientific self」とよばれる科学的主体のありかたを統制する理念の歴史が探究されることとなる。

科学的自己の歴史というのは、極めて野心的なプログラムである。たしかに、社会史や文化史においても、科学者という職業集団の成立の歴史や、科学者たちが自らの専門性を社会に認めさせるために採用した自己提示の歴史といったトピックは扱われてきた。だが、科学的自己の歴史の対象とは、科学者たちが公的な場所でかぶる仮面ペルソナや、ひとびとが科学者に対して抱くイメージの歴史にとどまらない。それは、科学的認識を追求する科学者が、その認識のために自己自身を作り上げていく歴史なのだ。科学者たちはよりよい科学的認識を達成するために、自らを鍛錬し、変容させていく。認識論と修身がひとつへ溶けあうそうした実践の組み立ては、フーコーが自己のテクノロジーと呼んだものそのものだ。

客観性は主観性の源である科学的主体のあり方を変容するように迫る。この両者をつなぎ合わせる鍵となるものとして、本書が注目するのが「認識的徳 epistemic virtue」と呼ばれる規範である。それは、知的探究者がよりよく世界を知るために従わねばならぬ義務であり、それを身につけることで自己を形成していく徳目でもある。それゆえ、異なる認識的徳から生まれる認識レジームの差異は、単なる研究上の好みやプライオリティの違いを超えた鋭い対立を生み出しかねない。異なる認識レジームが衝突するとき、そこにかけられているのは、認識のあり方をめぐる倫理だからだ。

本書はそうした認識゠倫理的対立を豊富なエピソードで描き出す。ゴルジ染色法を開発し、ゴルジ体に名を残す偉大な生物学者カミロ・ゴルジがノーベル賞授賞式で聴衆に図像を見せるとき、共同受賞者であるはずのカハールは憤怒に身体を震わせる。理解しやすい図像をつくるため図像に手を加えることも厭わないゴルジの振る舞いは、自然それ自身に語らしめることを望むカハールからみれば、科学への背信に他ならない。このもっともに思えるカハールの怒りに対して、本書は多くの歴史的実例を使いながら、図像の選択基準や図像の提示方法についての異なるあり方が歴史的に存在していたことを示す。本書を読んだあとならば、ゴルジとカハールの戦いにおいて賭けられていたのが、そもそもなにを適切な図像表示とみなすかの基準そのものであったことがわかるだろう。そして、適切な図像提示の基準を決めることは、科学者がどのように振る舞うべきか、いかなる行為が科学にたいする裏切りであり、罪であるかの基準を決めることでもあったのだ。ここに認識の方法として選択される立場は、同時に倫理的立場ともなる。

客観性、主観性、そして科学的自己という三つを統合し、それに歴史的見通しを与えるうえで、本書は科学者たちの身体、特にその眼が可能にする視線に注目する。客観性を指す言葉としてしばしば「どこでもないところからの眺め(view from no-where)」という表現が使われるが、現実に存在する科学者の視線は常にいま、この場所、この私の眼にどうしようもなく属さざるをえない。それでは、どのようにすれば、いま・ここ・わたしへと結びつけられた科学者の眼が、「どこでもないところからの眺め」を見ることができるのだろうか。これは認識上の理論的問題であると同時にプラクティカルな問題でもある。なるほど、科学者の視線は、科学者の主観性がどうしようもなく現れる場所にみえる。だが、科学者が自らの眼を共同的に見るための道具へと変化させることができれば、そこは客観と主観の断絶を架橋する共同主観的な場ともなりうる。見るべき対象を学び、視覚装置の使い方を学び、自らの眼を訓練し、矯正し、較正することで、わたしの眼とあなたの眼は同じように見ることができるようになるかもしれない。それゆえ、科学者の視覚は主観的なものと客観的なもの、個人的なものと公共的なものを媒介するうえで重要な場所となる。

こうした共同的な科学的視覚をたちあげるうえで、本書が注目するのは科学アトラスという図像要覧である。アトラスは「ワーキング・オブジェクト」と呼ばれる科学的探究において共通の基盤となる科学的対象を定めることで、観察者たちに見るべき対象を指し示す。さらに、アトラスは科学的対象を適切に見る方法を教育する装置でもある。こうしてアトラスの歴史は、客観性の歴史へ、そして本書が「集団的経験主義」と呼ぶ共同的な科学認識の歴史に統合されることとなる。

客観性の歴史とは同時に主観性の歴史であり、そうした客観性を追求する自己の歴史である。この自己はその個人に固有の眼を使いながらも、同時にその眼に映るものを他者へと共有することで、認識的・視覚的共同体を作り上げようとする。異なる科学者の異なる眼が「同じものが見える」はずだという信頼は、具体的な訓練と実践と、視覚理論の助けによって絶えず維持されなければならない危ういものでもある。そうである以上、客観的認識の歴史や集団的認識の歴史は、単に科学者たちの理論や科学哲学者たちの認識論へと還元することはできない。科学的認識の歴史とは、科学的認識を可能にする実践と制度と、そうした実践を行う身体をもった科学者や、挿絵画家や、科学写真家や、石版画家たちの歴史なのである。本書はこうした高度に抽象的な主張を、膨大な史料と図像を利用しながら、経験的歴史記述として説得的に示していく。

著者たちによれば、こうした丁寧な歴史記述は、客観性という規範をめぐる上でも役に立つのだという。客観性の歴史的来歴を明らかにし、さまざまな科学のあり方と、科学的探究において観察対象に忠実である複数の方法を示す本書は、ともすれば現代的科学の基盤である客観性への批判をはらんでいるようにも読めるかもしれない。だが、客観性を単なる虚妄だとして全面的に拒否するといった安易な態度は本書においては斥けられている。本書では、客観性が存在するかしないか、それは良いものなのか悪いものなのかといった空転しがちな議論の前で踏みとどまり、客観性というものがまさに実践の中においてどのように作動するのかを分析することで、客観性とわたしたちが呼ぶものが複数の側面をもつことを示す。わたしたちが同じ客観性という名に訴えているときでも、その文脈ごとに客観性の異なる側面を呼び出すのだとしたら、重要なことはわたしたちがいかなる意味での客観性をいかなる意味で必要とし、あるいは拒絶するのかをそれぞれの場面において理解することだろう。それは、客観性という概念を全面的に棄却するラディカルさが約束するような爽快感はもたらさないかもしれないが、わたしたちが客観性という概念を召喚し、それを用い、それを批判し、それと格闘するときに、わたしたちが成し遂げようとしているものの輪郭を明らかにすることを助けてくれる。それが本書に託された希望である。

2. 各章の要約

本書は歴史書である以上、全体を通して行われる主張やそこでの狙いだけでなく、具体的にどのような事例が取り上げられるのかも重要となるだろう。そこで、序章である第一章と結論である第七章をのぞいて、本篇となる五つの章をここでざっと評者なりに要約しておこう。

二章:本性への忠誠

二章で扱われるのはリンネの『クリフォート邸植物』、アルビヌスの『人体骨格筋肉図譜』、ウィリアム・ハンターの『人の妊娠した子宮の解剖図』といった18世紀につくられたアトラスである。これらの美しい科学図像に共通するのは、個別の標本にあらわれた欠損や偶然的な特徴を無視して、その種の本性や原型と呼ばれるものをつかもうとした点である。

そうはいっても、こうした科学図像は自然を忠実に映し出すことを目指していたのであり、たんなる想像の産物ではなかった。挿絵画家たちはしばしばグリッドや、カメラ・オブスキュラを利用して対象の正確な位置関係を把握し、実際の標本を入念に観察して図像を作り出したのだ。そのため、出来上がった図像だけ見れば、写実主義や自然主義、あるいは一般的に想像される客観的描写というものに近しいものにも見える。だがその図像の作成過程は、描き手の主観性によって図像が歪められてしまうのではないかという不安が存在しないという点で、機械的客観性による描画とは明らかに異なっている。

それでは当時の学者たちが何を恐れていたかといえば、それは自然界に存在する無数の多様性であった。ひとつひとつの標本を忠実に描画してしまえば、自然界の生み出す無数の変異ゆえに、科学が無秩序な混沌に陥ってしまう恐れがあったのだ。それゆえ、学者は生涯にわたる経験によって鍛えられた自らの眼の鋭さを積極的に活用し、うわべの多様性の奥にある変わらぬ本性をつかもうとした。眼の前の標本に忠実でなければならないと主張したハンターでさえも、そこで最終的に目指していたのは描写を通して典型的な姿を示すことであり、個別の標本そのものを写し取ることではなかったのだ。

三章:機械的客観性

三章でとりあげられるのは、フンケによる『生理化学アトラス』、ソボッタの人体解剖アトラス、ローウェルのぼやけた火星写真などである。ここで取り上げた図像を導いたのは自然自身に語らせよと命ずる新しい義務であった。ここで認識的不安の対象は、自然の側ではなくそれを観察する方へと移しかえられている。科学図像を歪めてしまう認識の障害と考えられたのは、科学者自身のもつ主観性であり意志なのであり、これが排除されなければならなかった。

こうした不安に対抗するために、人間の主観性から自由と考えられた自動記録機械が広く使用された。特に、その象徴となったのは写真であった。写真の使用を推奨した科学者たちも写真がもっていた様々な欠点、たとえば写真の像が見せる奥行きを欠いた平板さ、手彩色に比した色味の貧しさ、人工産物アーティファクトの映り込みの発生という問題は熟知していた。だが、人間の意志による描画への干渉を排除できるという写真の圧倒的な利点を前にしては、それらの欠点は取るに足りないことだとされたのだ。同時に、厳格な規則を定めそれに「機械的」に服従することで人間の意志を排除できるのであれば、そこにはカメラ・ルシダを用いた線画、エングレーヴィング、リトグラフなど、図像作成に人間の手が働く余地は依然として残されていた。

いまや科学者はより見やすく、より美しく、より説得的な図像を作りたいという誘惑に常にさらされ、科学的認識を歪めうる存在として理解されるようになる。そこでは、誘惑へと抗して自己の意志を律することが科学上の義務として要請されるのであり、そのとき認識の方法はたしかに倫理と融合していたのだ。

四章:科学的自己

四章は一旦図像そのものからはなれて、ヘルムホルツ、ハクスリー、クロード・ベルナールといった科学者らをとりあげ、正しい認識を追究する科学者たちの自己の歴史を探究する。客観的な科学的知識において、生み出される知識はそれを生み出す人からまったく独立に存在しているとされるので、科学において自己に注目するのはいささか奇異にみえるかもしれない。だが、客観性が主観性を排除しようとする絶え間ない努力によって特徴付けられるのであれば、客観的たろうとする科学者たちの苦闘の歴史もまた客観性の歴史の一部だといえるだろう。

科学的自己の歴史とは、科学者とは何者であるのか、そして何者であるべきなのかといった理念の歴史であると同時に、そうした理念を導きの糸としながら科学者たちが知的探究者としての自己を作り上げていく実践と訓練の歴史でもある。それゆえ、科学者たちが観察や実験ノートの管理方法を学び、研究者のあり方について指南するマニュアル本を読み、先達の助言に耳を傾け、科学者としてふさわしい振る舞いを身につけるべく自らを律し成形する技術の歴史は、科学的自己の歴史であり、フーコーのいう自己のテクノロジーの歴史の一部でもある。

五章:構造的客観性

五章ではポアンカレ、マックス・プランク、カルナップなどが支持した特殊なタイプの客観性が扱われる。一切の主観的なものを拒否するという主張をラディカルに推し進める構造的客観性においては、数学者の利用する直観も、科学者の利用する知覚経験さえも主観的なものとして捨て去られる。視覚という見る者の個々人の感覚経験に依存せざるをえない科学図像も、ここでは居場所を見つけることことができない。

こうした構造的客観性が登場した背景には、ヘルムホルツによる感覚生理学など、知覚や推論を対象とする経験科学的研究の登場と、その結果としての個人間での感覚の多様性の発見があった。ここで、わたしの知覚とあなたの知覚が同一であると確認する方法はないのであり、わたしは他者から隔絶しているのではないかという新たな認識的不安が発見された。この主観性による孤立という不安に対応するために構造的客観性が目指したのは、他者たちとの交信を打ち立てることであり、そのための基盤として考えられたのが、すべての思考的存在者にとって共通にアクセス可能な「構造」の探究だった。こうして、感覚の生み出す孤立した私的宇宙に閉じ込められるのではないかという不安に駆られた科学者たちがたどり着いたのは、世代も、人間という種も、地球という惑星をも越えた宇宙的規模での協働という夢であった。知る主体から真に独立で、知る者の感覚器官にさえ依存しない真に客観的な知識は、人間ならざる怪物や宇宙人にさえ開かれているはずだからだ。

ここに賭けられていたのは、認識の新しい目標であり、新しい知的な生き方であり、新しい倫理であった。それは科学者たちに個性も、知覚も、経験すらも投げ捨てよという苛烈な自己犠牲を要求した。だが、その対価として、構造的客観性は科学者たちに宇宙的な科学共同体を約束したのだ。

六章:訓練された判断

六章で扱われるのはギブズ夫妻の『脳波アトラス』、ゴールトハマーとシュウォーツによるX線写真をもとにした頭蓋骨のアトラス、そして、モーガン、キーナン、ケルマンの三者による『恒星スペクトルアトラス』といった、視覚を訓練するための図像である。こうした図像制作を支えた「訓練された判断」は、機械的客観性による主観性の排除という問題意識を引き受けながらも、科学者の無意識や直観を活用することの科学的利点を主張した。

訓練された判断を支持するものたちがあげた理由は、熟練の判断力がもたらす正確性だった。訓練を受けた視覚の下す能動的判断は、機械的手続きであれば見落とされてしまうような、対象間の相似パターンを見抜くことができるというのだ。これは、医学のように、異常な対象と正常な対象を区別する必要性がある分野においては、重要な意味を持っていた。それでも、科学者は依然として自動記録装置を利用し、そこでえられたデータにたいして判断を行使した。つまり、訓練された判断は、機械的客観性の欠点を補うものだとされたのだ。

訓練された判断において客観性の基準は、自然そのものに語らせる無媒介性から、判断の再現可能性へとずらされる。エキスパートの見せる判断の方法を機械的規則へと還元することはできないかもしれないが、その判断はでたらめに行われているわけでもない。一定の訓練を経たものであれば、各自が同じ判断に到達できるという点で、判断は再現可能なのだ。それは、特定個人だけがもつ属人的能力ではなく、教えることによって広く共有されうるものなのだった。

3. 本書の貢献と限界

わたしは本書が近年の科学史の最大の成果の一つであり、優れた人文書であると考える。だが、著者たち自身が述べているように、本書は客観性の歴史の決定版というよりも、むしろ客観性の歴史について理論的深度と実証的手堅さを兼ね備えた研究を行っていく上での素描であり、さらなる研究がこのあとに続くことへの招待である。そうした性質を踏まえ、ここでは本書が優れているとわたしが考える理由三点と、今後に続く研究において克服されるべきだとわたしが考える課題二点について論じる。

実践の中の概念

まず、本書において注目すべきなのは、概念と実践を無理矢理わけることなく論じることに成功している点である。本書が対象とする客観性については、哲学者や科学者が無数に論じており、かれらが客観性「について」どう論じたのかを追跡するだけでも重要な概念史的な仕事となっただろう。だが、本書を貴重なものとしているのは、本書が客観性という概念「のもとで」科学者たちがどのように描画などの科学実践を組み立てたのかに注目する点である。本文で何度も述べられているように、客観性は規範的な概念として科学者やその助手、挿絵画家といったひとびとがとるべき振る舞いを形作る。実際には、科学の歴史の裏面にはつねに科学的不正ミスコンダクトの歴史があり、科学者のすべての行動が掲げられた規範に従っていたなどということはありえない。本書においても、科学者たちが追究した理念が完全な形で実現されなかったことは何度も確認されている。しかし、科学者たちが自らの振る舞いを客観性という理念の物差しを使ってはかり、そこに自らの不十分さを、逸脱を、不正を認めるときに、かれらはたしかに客観性という概念のもとで生きているのだ。そこにおいて実践は概念を通して理解され、成形されるのであり、概念をぬきにした実践などというものを考えることはできない。

こうした実践と概念の不可分性にもかかわらず、歴史家はしばしば概念と実践を分離して分析したいという誘惑にかられる。それは、単純に片方だけを取りだした方が研究しやすく思えるからだろう。特に、哲学者や科学者が「客観的であるとはなにか」について論じている反省的議論を分析対象に設定すれば、どのような論者のどのような著作に注目すればいいのかの見当がつくようになる。歴史家はしばしば、ほとんど無限とも思える史料を前に、どこにたどり着くのかもわからないという不安を抱えながら研究をすすめる必要があるので、対象がわかりやすく固定できることは、作業の明確化というプラクティカルな意味でも、先の見通しが立ったような気がして安心できるという心理的な意味でも魅力的である。だが、客観性という概念の研究をする上で反省的議論にのみ対象を絞り、概念が実践の中でどのように働くのかを見ないという選択は、歴史家にとって便利であるという歴史家側の都合以上のものではなく、そうした分離を正当化する根拠を必ずしも与えてはくれない。科学者たちが実践と概念を分離せずに、それを一体として科学的活動を生きるのであれば、歴史家が行うべきなのはむしろ概念と実践を分離せずに分析する方法をさぐることだろう。

こうした困難な課題に対して、ダストンとギャリソンは、科学者たちの認識上の不安や恐怖に注目するという解決策を示す。認識的恐怖はしばしば原理的に解決できる類いのものではなく、プラクティカルな解決策を必要とする。正しい認識をえようと努力する科学者たちは、自分たちの認識を妨げ、歪め、無価値なものにしてしまう存在を特定し、それに対する防衛策を組み立てようとしていた。そこでは、正しい認識を行うためにはどうすればいいかという問いは、哲学的であると同時に実践的な問題にもなる。本書は異なる認識レジームが異なる認識的恐怖を抱え、それに対処するための異なる対抗策を発展させてきたことを示す。このように、本書は認識をめぐる抽象的な議論が不可避的に実践の問題として現れる場所をとらえることで、認識をめぐる実践と概念の歴史を一体のものとして描き出すことに成功している。こうした認識的不安に注目するというのは、客観性の歴史だけでなく、認識や知識の生成をあつかうほかの研究にとっても有益な視座となるだろう。

科学史としてのメディアの歴史

本書の二つ目の強みは、科学の歴史を共同的に営まれる認識的活動の歴史として描くことで、メディア史を科学史の中にとりいれることに成功している点である。図像要覧としての科学アトラス、科学図像の生産を可能にする写真や顕微鏡といった視覚装置、科学図像出版上での版画家や刷り師の役割、そして細胞の染色法という可視化のテクノロジーなど、本書が扱う対象はメディア史や視覚文化史にとっての科学史側からの貴重な貢献となっている。だが、ダストンとギャリソンは「集団的経験主義」(collective empiricism)や、「ワーキング・オブジェクト」という重要な概念を導入することで、こうしたメディア史的記述の科学史上の意義も説得的に示す。実験や観察によって遂行される経験科学が個人の単独的行為ではなく、他者たちとの協力(と時に反発)を通して遂行される共同的な実践であるとする集団的経験主義のアイディアは、科学史家がそうした協働を可能にするメディアに注目することの必然性を示す。その中でもなぜ科学アトラスが重要なのかという点についても、アトラスが「ワーキング・オブジェクト」を、つまり、複数の異なる場所や時間に位置し、異なる科学理論をもつ科学者たちがさしあたって同一の対象について議論を積み重ねていけるための共有された対象を提供するという観点から説明されている。

こうした共有可能性という観点は本書においてなぜ(聴覚や触覚などほかの感覚ではなく)視覚が重要となるかの説明にもなっている。長年の修練によって鍛えた心の眼によって真理を見抜く18世紀の賢者でさえも、自らが見た像を他者と共有可能にするためには、挿絵画家の協力を仰がねばならない。機械的客観性に従い顕微鏡写真を利用する科学者が、目視が可能にする視野の深さを犠牲にするのは、写真であれば自らの視界を他者と共有し、記録として後続の世代に残すことができるという利点があるからだ。つまり、眼が重要なのは、共に見るということを通して共同的な営みとしての科学が可能になるという科学者たちの期待があるからだ。それゆえ、個人の知覚が他者と交信不可能な私秘的なものと疑われる構造的客観性においては、科学者は視覚さえも放棄することを決意する。

こうした視覚と共有可能性という結びつきは、ダストンとギャリソンが展開する「手」についての議論からもうかがえる。本書を読めば、著者たちが「眼」に次いで頻繁に論じるのが「手」であることに気づくだろう。医師の触診にみられるように、手のもたらす感触が科学的な認識に利用されるということは十分ありそうに思えるし、実験や写真撮影も巧みな手さばきを必要とする。だが本書が描く客観性の歴史の中で、手はもっぱら消え去るためにのみ存在する。それは手が直観と同じようにあくまでも個人に属するものとされ、それを共有可能にするメディアを当時の科学者がもっていなかったからだろう。

それゆえ、この本でみられる視覚の特権化は、科学者たちが共有可能性を立ち上げる上で視覚テクノロジーがもっていた覇権を反映しているのであり、著者たちのえり好みを単純に反映しているのではないというのがわたしの考えである。もちろん、この本の中で扱われていない音声メディアも、19世紀末から20世紀にかけては録音と共有が可能となりつつあったのであり、それが客観性の歴史にどのように組み込まれたのか(あるいは組み込まれなかったのか)は興味深いところである。だが、集団的経験主義やワーキング・オブジェクトといったアイディアのもとで科学史の課題としてメディア史を遂行するというダストンとギャリソンが示した方向性は、未来に書かれるべき科学的聴覚や科学的触覚のテクノロジーの歴史にとっても有益なものとなるだろう。

科学的自己と科学的共同性の複数性

最後に、ダストンとギャリソンの描く歴史をユニークなものにしているものとして認識的徳をめぐる議論と、それを踏まえて展開される科学的自己論があげられるだろう。

この本の中で展開されるのは、それなりにもっともに思える複数の認識の方法が並存し、時に対立する歴史である。本書ではこうした戦いに賭けられていたのが認識のあり方であると同時に倫理でもあったということに注目し、こうした認識と倫理を統合するものを認識的徳と名づけている。本書はこの認識的徳という概念を導入することで、三章で描かれるゴルジとカハールの対立に代表されるように、科学者同士の間で繰り広げられる激しい戦いを、個人のエキセントリックな性格や参加者の隠された利害関心に還元せずに、それぞれのやり方で真摯な知的探究者たち同士の認識と倫理をめぐる戦いとして説得的に記述することに成功している。また、こうした先行する徳に対して後続として現れた徳が競合しながらも並存し、それらの徳が積み重なりながら科学的認識の規範を形成していくという歴史記述は、思想の進歩や時代ごとの移り変わりとも異なる歴史記述を可能にしている点でも優れている。

本書のさらなる強みは、こうした認識的徳の議論を土台に、フーコーなどの自己の歴史や自己のテクノロジー論を参照することで、科学的自己論と呼ぶべき議論を展開した点である。この論点は必ずしも十分に展開されているとは言えず、主張にも不明瞭なものが多い。それでも、異なる自己像、異なる認識的徳のもとで、自らを知的探究者として自己成形する複数の歴史を描くその議論のインパクトは圧倒的である。

本書で素描的に展開された科学的自己の歴史は、科学の歴史を書こうとするものがしばしば直面する科学者ならざる知的探究者の歴史を書く上でも重要となるだろう。この問題は、わたしたちが科学と呼ぶものの歴史と、そうした科学の担い手であるはずの科学者サイエンティストたちの歴史に大きなギャップがあることから生じている。科学の歴史をプトレマイオスなどの古代におくにせよ、16世紀のガリレオや17世紀のニュートンといった初期近代に置くにせよ、それは科学者サイエンティストなる19世紀に現れる存在に遙かに先立っている。こうした科学者ならざる自然世界の探究者たちを呼ぶために、自然哲学者、賢者、学者サヴァン科学人マンオブサイエンスなどさまざまな言葉が使われ、そうした人々の連続性や断絶が議論されてきた。科学的自己の歴史は、異なる認識上の使命と倫理と方法にもとづいて自己を形成する複数の知的探究者が存在するという事態を包括的に扱う視点を提供するだろう。

さらに科学的自己の複数性という議論と本書が重視する集団的な営みとしての科学という議論とを結びつければ、科学的共同性の複数性という議論も可能となるだろう。本書で取り上げられる主要な徳である本性への忠誠、機械的客観性、構造的客観性、訓練された判断のすべてにおいて、知的探究は何らかの意味で共同的に行われるべきだということが前提とされている。だが、目指されるべき知的探究者のあり方が異なるように、そこでは目指されるべき科学共同体のあり方も異なっているように思える。このことは、一見すると当たり前だが、実は重要な意味をもちうる。なぜなら、認識の方法が複数ありうるという可能性を受け入れない者には、自分と異なる認識の方法を生きる人間が知的詐欺師に見えるのと同じように、知的共同性が複数ありうるという可能性を受け入れないものには、自分とは異なる共同性を追求する者たちが、単に共同性を軽視する独断家に映ってしまうからだ。

こうした観点から見たときに、五章で描かれるカルナップの先行世代への怒りは興味深い事例となる。そこでカルナップは人間とは異なる知覚器官をもつ怪物さえをも含むすべての思考的存在者へと開かれた宇宙的共同体の一員となることを望み、そうした共有可能性にもとづいた客観性を追究するために個人的なものをすべて投げ捨てる高潔な哲学者として描かれる。この記述は本書の中でも最も感動的なものの一つであり、その自己犠牲には確かに胸をうつものがある。だが、こうした共同的知的探究を信じるカルナップが、先行する哲学者たちを個人的なものに拘泥し共同性を拒否する詩人に過ぎないと批判する時、本書を読み進めるものはその評価が果たしてどこまで妥当なのだろうかと問うてみてもいいだろう。カルナップから見たときに、かれの立場を受け入れない人たちが、単に共同性を軽蔑する独断論者に映ったというのはおそらく正しい記述だろう。だが、ここで取り上げたような科学的共同性の複数性という議論が成り立つのであれば、これは単にカルナップが異なる科学的自己に、そしてそれゆえに異なる科学的共同性にたいする無理解を示している可能性もでてくるのだ。

科学において個人の役割とは何なのか。科学的共同体なるものは一つなのか、それとも複数の異なる共同体が並存しているのか。科学とはその上に複数の共同体を含むある種のプラットフォームなのか。本書はこういった問題にたいして最終的な回答を与えるものではない。だが、本書が素描する科学的自己論は、こうした重要な問題へと読者の関心を誘い、それらを歴史的にとらえかえすためのアイディアを提供してくれる。

科学アトラスと眼の訓練

以上述べてきたように、本書がきわめて優れた本であることは疑いない。だが一方で、その内容には少なからぬ不満があるのもまた事実である。わたしが本書の問題だと考える一点目は、科学アトラスが実際にどのように眼の訓練に使われたのかが不明瞭であり、それゆえ異なる場所や時間にいる観察者たちが共に同じように見ることがどのように可能になったのかがよくわからないという点である。

本書の特徴は科学アトラスという図像要覧を中心に据えて客観性の歴史を描き出したことにある。著者たちの主張によれば、科学アトラスというものは初学者たちの眼をトレーニングすることでほかの科学者たちと同じように科学的対象を発見することを可能にし、また各自の眼を較正することで異なる人間が同一の判断へと至ることを可能にする装置であった。

科学的観察の客観性と共同性を成立させる装置として科学アトラスという対象に注目する著者たちの着眼点は見事と言うしかないが、本書における分析はもっぱらアトラスに掲載される図像の選別などの製作過程に限定されるので、それが実際にどのように使用されたのかについてはあまりよくわからない。また、本書における科学的教育や訓練についての記述の薄さも、科学アトラスというものがどのように利用されるものなのかについての不明瞭さを一層深めている。アトラスの制作については画工たちの素描教育について記述をさくなどの配慮が見られるのだが、同様の記述はアトラスを利用する側には断片的にしか与えられない。また、機械的客観性が勢いを増していく19世紀半ばというのは科学的教育の制度化が著しく進んだ時代でもある。これは認識の歴史にとっては単なる社会背景ではなく、科学に従事する者たちを共同的な認識に参加する存在へと変容するための技法自体が変化していたことを示唆しており、それゆえ認識の歴史という観点からも重要なはずである。

こうしたアトラス利用についての記述の薄さが特に問題となるのは、読者の役割が大きくなるはずの訓練された判断においである。ここではアトラスを使ってどのようにして正しく見るのかという点については多少議論されるものの、他の人との判断が一致しない場合のズレの検出方法や補正方法などは特に議論されない。だが、アトラスがある特定の時代の特定の教室や大学といった場所を超えて、共に見ることを可能にする装置なのであれば、視覚や判断にズレが生じたときにどう補正するのかというのは客観性の歴史にとってかなり重要な論点のはずだろう。本書ではゼミナールや実験室を通して眼が較正されるといった概略が述べられるだけで、そうした眼の較正においてアトラスは実際にどのように利用されるのか、それがある特定のゼミナールを超えたレベルでも判断の一致を維持するためのどのような工夫がされたのかという疑問に十分答えるものとは言えないだろう。

もちろん、過去の科学装置の利用実態の分析には史料の制約などがありアプローチがしづらいということもあるのだろう。だが、アトラスの製作については史料をふんだんに使い、アトラス制作者たちの図像へのこだわりについてこまやかなアプローチをしている本書であれば、少なくともアトラス製作者たちが視覚の補正を可能にするものとしてどのように利用されるのかを予期していたのか、そうした利用を見越してマテリアルとしてどのような特徴的なデザインを採用していたのかなどを分析することはできなかったのだろうか。科学史においては科学機器の歴史というサブジャンルがあり、数百年前の望遠鏡やアストロラーベなどの機器をその設計デザインなどから分析するといったことは一般に行われているので、これがまったくできないというのはいささか疑問である。また、技法という物体として残存しないものを歴史的に研究することは難しいことは疑いないが、たとえば本書でもたびたび引用されている科学史家のサイモン・シャッファーの論文では、天体観測に従事する観測員のもつ反応速度の違いによって生じる観測データのズレを補正し、共同的観測を成立させる技法について分析し、説得的な議論を展開することに成功している。アトラスを使った視覚の較正技法なども、今後の研究で積極的にとりあげられることを期待したい(Simon Schaffer, 1988, “Astronomers Mark Time: Discipline and the Personal Equation.” Science in Context, 2(1), 115–145.)。

本書の議論が眼を教育する装置としての科学アトラスが客観性の歴史に占める重要性を説得的に論じているだけに、それが具体的にどのような訓練や教育技法のなかに埋め込まれ、科学者に見ることを教え、眼の較正をおこなっていたのかについての分析が必ずしも十分でないのは惜しまれる点である。

工場システムと〈機械的なもの〉たちの自己

すでに述べたように、本書が展開する科学的自己論は、本書の中でも特に重要な箇所である。だが、その論述はあまり明瞭ではなく、内容を理解することは必ずしも簡単ではない。特に、機械的客観性における科学的自己については、記述が分裂しており混乱を誘うだけでなく、以下に論じるようにそもそも機械的客観性における自己の果たす役割を適切に評価できていない可能性がある。

本書では、機械的客観性というレジームで生きる科学者たちは、一方では工場などで働く「機械的な」単純労働者にたとえられ、もう一方では溢れ出る意志を抑え込んで無意志をあえて意志するという鉄の規律を貫く英雄的存在だとされる。こうした分裂が生じてしまっていること自体は著者たちも気づいているようで、この両者の緊張関係は本文中でも指摘されている。おそらく、より正確なのは後者の英雄的存在というものだろうが、本文では前者の工場労働者という特徴付けも完全には放棄されない。

著者たちが科学者を工場労働者と比較する背景には、十九世紀の科学において工場システムが科学的活動の組織化の理想として科学者に採用されていたとするサイモン・シャッファーの一連の仕事がある(Simon Schaffer, 1988, “Astronomers Mark Time”; 1994, “Babbage's Intelligence: Calculating Engines and the Factory System” Critical Inquiry, 21(1), 203–227; 1996, “Babbage’s Dancer and the Impresarios of Mechanism,” in Francis Spufford and Jenny Uglow (eds), Cultural Babbage: Technology, Time and Invention, Faber and Faber)。当時の工場システムは、割り振られる仕事を脱スキル化し、小さい単位へと分割することで、個々人のうけもつ仕事を誰にでも実行可能なタスクへと分解するシステムだと考えられていた。ここでは、単純化された「機械的」な仕事は労働者たちの個性や能力と無関連化されると同時に、誰にでも機械的にできる仕事であるがゆえに、労働者は取り替え可能な存在となる。こうした脱スキル化と分業とを組み合わせる工場システムを導入することで、天才に頼らずとも困難な仕事を達成できるというアイディアは、グリニッジ天文台での観測を組織したジョージ・エアリーや、計算機を設計していたチャールズ・バベッジにとっても魅力的だったとされる。ここでの工場システムの魅力は、特色のない人々を動員することで立派な科学的な仕事を進められるという、生産性の観点からのものに見える。だが、このシステムが客観性の追求にも容易に転用可能だという主張は理解しやすいだろう。科学者にとってみれば、個性から切り離された単調な仕事に従事する工場労働者の自己疎外的状況は、仕事から主観性を取り除くうってつけのシステムに見えるからだ。交換可能で機械のように働く無名の労働者たちは誰でもない存在となる。そして、それゆえにかれらは機械的客観性をもたらすのだ。

本書の中でこうした工場的システムの科学における利用が明快に論じられているのは、『ヘンリー・ドレイパー・カタログ』という恒星アトラスの作成に従事したアニー・ジャンプ・キャノンのエピソードにおいてである。そこでは、天文台で計算と分類のために計算手として雇用されていた女性たちは、「頭が空っぽである」がゆえに科学者たちが陥る理論への誘惑から自由なのだと賞賛される(著者たちによれば、キャノンは恒星スペクトルの修正などにも貢献した人物であり、「頭が空っぽな計算手」というのは正当な評価とは言えないのだが)。同様のアイディアとしては、クロード・ベルーナルによる頭がからっぽな素人をあえて助手として使うというものも本書で言及されている。

単純労働者、女性、さらには「東洋人オリエンタルズ」は、頭が空っぽな自動人形のように働く存在、〈機械的なもの〉にすぎない。そんな差別的偏見に満ちた立場を受け入れる19世紀の科学者が、作業の「機械化」のために、こうした人々を雇い入れるということは理解可能だろう。しかし、もし機械的客観性という認識レジームにおいて、科学者が目指していたのが本当に機械になることなのであれば、女性や「東洋人」こそが科学者にうってつけの人材なのであり、かれらこそが科学の世界の覇権を握っただろう。だが、もちろんそうはならなかった。19世紀の科学の偉人伝が語るのは、自己を消し去り機械になろうという不可能な企てに失敗しつづけてもあきらめない不屈の白人男性科学者たちの物語であって、計算手とか助手とか「機械」として働く人々の物語ではない。ここから言えることは、機械的客観性における科学的自己にとって重要なことは、意志を消し去ろうとする無意志への英雄的意志なのであって、実際に機械になることではなかったということだろう。

問題がこれだけならば、本書の記述から科学的客観性において科学者たちは労働者であったというミスリーディングな記述を排することで混乱を解消できる。だが、〈機械的なもの〉とされて、科学の世界で周縁化された女性や「東洋人」という存在が次に提起するのは、それでは彼らはどのようにして自己を形成したのかという疑問である。この答えは本書には特に書かれていないが、わたしにはかれらが別に特殊な科学的自己など形成しなかったという答えがありうるように思える。だが、そうなると、そもそも科学自己論というのは、なんなのかという疑問がでてくるだろう。機械的客観性という認識のレジームにおける主観性の廃絶という目標にとって、科学的自己論よりもむしろ自分や他人の作業を機械的で自動的にするという集団的科学作業の組織化や協働のデザインのほうが重要なのではないかという疑問が浮かんでくるからだ。実際、本書は挿絵画家や石版画家といった科学において周縁化されがちなひとびとを積極的に取り上げ、かれらと科学者との協働を描いている点に特色があるのだし、そちらに専念すればよかったのではないかと思う人がいても不思議ではない。

急いでつけ加えるならば、わたしには科学的自己というアイディアは、科学がもつ自己形成や自己鍛錬という側面を適切に表現しているため、簡単に組織論によって代替できるとは思わない。また、自己という言葉はフーコーによる自己のテクノロジー論との接続も明確になる点で優れていると思う。自身の身体と精神を酷使してより正確な科学観察を遂行しようとする知的探究者は、たしかに科学的訓練によって極めて特殊なタイプの認識と倫理を奉ずる存在へと自己を成形しているように見えるからだ。さらに、機械的客観性の代表となった科学者たちについて語られる偉人伝が、かれらの自己抹消の努力を焦点化しがちだという点で、裏返されたやりかたでかれらの自己に拘泥しているというのは大いにありそうなことに思える。そういった意味で、わたしは科学的自己論を放棄すべきだと必ずしも思わない。だが、わたしを含め、科学的自己論に可能性を見いだすものは、そこで展開される議論が自己をもたないとされる〈機械的なもの〉たちとの協働の組織化についての議論とどのような関係にあるのかについて、一定の回答をする責任が生じるだろう。

著者たち自身もキャノンについてのエピソードで示唆しているように、「頭がからっぽ」とされた女性労働者たちをまとめあげ、適切な役割をわりあて、その振る舞いを制御するといった科学的協働の編成は、科学的認識の歴史において極めて重要なトピックである。それは、こうした〈機械的なもの〉たち抜きには機械的客観性という認識レジームも、そのレジームの下での集団的経験主義もたちまち破綻してしまう恐れがあるからだ。客観性の歴史、集団的経験主義の歴史、そして科学的自己論を、機械的客観性というレジームにおける科学者の自己抹消への拘泥と〈機械的なもの〉たちの存在を含んだ形で書き直すこと。それは、本書の残す課題であり、本書を引き継ぐ者たちによって答えられるべきだろう。

4. 読書案内

著者二人はともに第一級の科学史家なので、科学史に関心があるものならばかれらが書く本のどれを読んでも大きく外れることはない。ギャリソンについては『アインシュタインの時計ポアンカレの地図』(2003=2015, 松浦俊輔訳、名古屋大学出版会)がすでに邦訳されているが、本書と関連するものとしてはImage and Logic (1997, University of Chicago Press)やCarline A. Jonesとの共編著であるPicturing Science, Producing Art (1998, Routledge)があげられる。ダストンは、共同研究を得意とするため編著が多い。科学史家と美術史家の共同プロジェクトであるThings That Talk (2004, Zone Books)は本書と関心が近いだろう。また、集団的経験主義に関するものでいえばHistories of Scientific Observation (2011, University of Chicago Press)やScience in the Archives (2017, University of Chicago Press)が参考になる。

本書はその射程と主張の大胆さという点において規格外であり、科学史やメディア史という学際的研究がはらむ可能性や、人文学的共同研究がとりうる可能な未来を指し示している。ここでは、本書を読んだ読者がさらに関心を広げられるような著作のうち、日本語で入手可能なものを中心に紹介する。

フーコーと歴史的存在論

本書は客観的・主観的という概念対が日常語となった世界において、知ることと倫理的なあり方との関係を探究した著作である。新しい概念が登場し、その概念に合わせてわたしたちの生自体が再成形されるという歴史を描くという研究の方向性に影響を与えたのが、ミシェル・フーコーであることは疑いない。フーコー自身の著作は必ずしも読みやすいとは言えないが、『監獄の誕生』(1975=1977、田村俶訳、新潮社)などがまずはすすめられる。

私見ではフーコーのプロジェクトとダストンやギャリソンらのプロジェクトのつながりをもっとも見通しよく示しているのはイアン・ハッキングの著作である。ハッキングの著作も多くが邦訳されているが、特に「歴史的存在論」(2002=2012、出口康夫・大西琢朗・渡辺一弘訳『知の歴史学』、岩波書店, 1–65)はコンパクトでありながらも、明快にフーコーのプロジェクトを整理し、その流れのなかにダストンらの仕事を整理している点で必読である。わたしたちがどのようにして客観的・主観的という区別が根源的となった世界に住むようになったのかの歴史を描いた本書も、ハッキングがフーコーの言葉を借りて言うところの「歴史的存在論」の好例と言えるだろう。また、フーコーのよき理解者としても知られた人類学者のポール・ラビノーによるフーコー論集の序文も、フーコーのプロジェクトにおける知と倫理の関係を簡潔にまとめていて参考になる(Paul Rabinow “Introduction: The History of Systems of Thought” Paul Rabinow (ed.) Michel Foucault, Ethics: Subjectivity and Truth, New Press, 1998, xi–xlii)。

概念と実践

概念と実践を切り離さずに分析するという本書の特徴についてはすでに指摘したが、こうした概念と実践の絡まり合いをえがくことの重要性を示したのは、科学人類学や科学社会学の領域において発展した実験室研究であった。こうした実験室研究の影響を受けた上で科学史的研究を遂行したものとしてはスティーブン・シェイピンサイモン・シャッファー『リヴァイアサンと空気ポンプ』(1985=2016、吉本秀之・柴田和宏・坂本邦暢訳、名古屋大学出版会)があげられる。ボイル、ホイヘンス、ホッブズといった大物学者たちを扱いながらも、あくまでその主役を空気ポンプに据えるというこの書の歴史記述は圧巻である。比較的古い本であるが現在もすすめられる科学史の名著である。また、本書は科学において同意を調達する方法をめぐって事実を基礎とした共同性を目指すボイルと、確実性にもとづく共同性を目指すホッブズの対立という科学共同体をめぐる争いとしても書かれている。互いに異なる意見をもつ多数の人間たちの間でどのように合意を達成するのかという一見政治的に見える問題を、認識上の問題としても受け止めるというかれらの立場は、本書において展開される科学的自己と科学的共同体の歴史にとっても示唆的である。

実践と概念を切り離すことなく分析するという方向を自覚的にすすめ、科学社会学や医療社会学で多くの成果を上げてきたものにエスノメソドロジストとよばれる社会学者のグループがいる。社会学の外の世界では、この研究伝統はブリュノ・ラトゥールに影響を与えたことでもっぱら知られるが、私見ではエスノメソドロジストの分析スタイルは本書のものとかなり近いものがある。必ずしも歴史的研究を行わないため読者によっては関心から外れるかもしれないが、イアン・ハッキングらの議論を自覚的に取り入れながら研究を進めている「概念分析の社会学」と呼ばれる日本のエスノメソドロジストのグループの仕事と、本書の仕事を比べ見ることはもしかしたらおもしろいかもしれない。このグループのものとしては、酒井泰斗ほか編『概念分析の社会学』(2009、ナカニシヤ出版)、『概念分析の社会学2』(2016、ナカニシヤ出版)が論文集であるため読みやすい。一方、論文集では各章が短く物足りないという読者には、モノグラフとして前田泰樹・西村ユミ『急性期病院のエスノグラフィー』(新曜社、2020)がすすめられる。

科学史とメディア史の交錯

本書の特徴として、科学史の一部としてのメディア史を扱うという点を挙げた。初期近代においては書籍や紙を扱うことが知的活動にとって重要であることがほぼ自明だったこともあってか、こうした問題関心を共有する研究はいくつかみられる。なかでもレファレンス書籍とノート・テイキングの歴史を扱ったアン・ブレア『情報爆発』(2010=2018、住本規子・廣田篤彦・正岡和恵訳、中央公論新社)は科学史と書物史を統合した優れた仕事である。

本書に影響を与えているメディア史・視覚文化史としては、美術史家のジョナサン・クレーリーのものがあげられるだろう。本書の中でそれほど多く言及されるわけではないが、『観察者の系譜』(1990=2005、遠藤知巳訳、以文社)や『知覚の宙吊り』(1999=2005、岡田温司・石谷治寛・大木美智子・橋本梓訳、平凡社)が本書の前提になっていることは疑いない。クレーリーの視覚文化論は見るものの「注意 attention」の歴史をとりあげたものとして画期的である。本書でも注意力の行使と科学的自己の形成という話が足早に取り上げられるが、科学者たちの注視という実践やそれとむすびついた科学的自己論は本書以降もさらなる展開がみこめる。そのとき、クレーリーの注意論は貴重なヒントを与えるだろう。また、クレーリーの『24/7:眠らない社会』(2013=2015、岡田温司・石谷治寛訳、NTT出版)などを読んだ後では、工場や戦場で仮眠をとりカフェインや興奮剤を摂取してなんとか集中力を維持しようとするありふれた労働技法が興味深い歴史的対象として現れてくるだろう。こうした労働技法や労働管理の歴史が、実験室や野外調査地でよりよい観察のために注意を維持しようとする科学者たちの技法の歴史と統合されるとき、わたしたちは注意と自己管理と科学的労働の組織化をめぐる新たな歴史を手にすることができるだろう。

謝辞

本書評の執筆にあたっては、河村賢氏、酒井泰斗氏、瀬戸口明久氏からコメントを頂いた。ここに記して感謝したい。それでもこの書評に残ってしまった誤りについては、もちろん執筆者である岡澤にすべての責任がある。

出版元公式ウェブサイト

名古屋大学出版会

https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-1033-7.html

評者情報

岡澤 康浩(おかざわ やすひろ)

京都大学人文科学研究所助教。専門分野は科学史・メディア論。特に近代の人間科学・社会科学の歴史について研究している。主な著作に「テイストはなぜ社会学の問題になるのか」(北田暁大+解体研編『社会にとって趣味とは何か』河出書房新社、2017年)、“The Scientific Rationality of Early Statistics, 1833-1877” (University of Cambridge PhD Thesis, 2019)、「遺産と概念的穴掘り」『ユリイカ』(2021年3月号)、翻訳にイアン・ハッキング「生権力と印刷された数字の雪崩」『思想』(2012年5月号)がある。

ウェブサイト:https://sites.google.com/site/yasuhirookazawa/jp

researchmap:https://researchmap.jp/yasuhiro_okazawa