Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2021年12月8日

笹島茂『教育としてのCLIL』

三修社,2020年

評者:松島 恒熙

Tokyo Academic Review of Books, vol.38 (2021); https://doi.org/10.52509/tarb0038

はじめに

現代の日本においてCLIL(Content and Language Integrated Learning:内容言語統合型学習)という言葉は、どれほど認知されているだろうか?少なくとも英語教育の分野においては、ここ十数年で幅広く浸透してきたと言っていいだろう。CLILとはその文字通り、語学教育において内容を重視しながら目標言語を統合的に学ぶ方法論である。ヨーロッパ評議会(Council of Europe)がCEFR(Common European Framework of Reference for Languages:ヨーロッパ言語共通参照枠)の言語政策として掲げた「母語+2か国語」を原則とする「ヨーロッパ市民」の育成を目指して広まったものとされており、その需要は世界的に高まっている。

評者がCLILを知るきっかけとなったのは、大学院在籍時に高校や大学にて英語の非常勤講師を担当するようになったことである。周知の通りわれわれの業界では、専門が語学系ではなく人文社会系である研究者が、教養の語学教員を担当することはよくある。評者自身も専門は哲学や倫理学である。(もちろん、理系研究者が語学教員を担当するケースもある。)しかしながらそのような場合、その教育内容と研究者の専門内容が重なることはほとんどない。すなわち、その教育内容に研究者の専門性が活かされることは残念ながらほとんどないのである。その結果、語学教育を担当する当該研究者は必然的に授業準備の時間と自身の研究時間を分け、担当する授業は「食いぶち(労働)」として認識されてしまうことも少なくない。もし担当教員がそのような低いモチベーションで授業を展開するならば、それを受講する学生は多大な迷惑を被ることになるだろう。

そのような状況において評者は、何とか英語教育において自身の専門を活かしながら授業が学生にとっても教員にとっても楽しく出来ないかと試行錯誤していた。そこで自己流ながらも哲学や倫理学の内容を英語で扱ったり、そもそもなぜ英語を学ばないといけないかについて学生と共に哲学的に思考したりしていた。そのことが結果的にはCLIL実践そのものだったのである。

本書はCLILという学習法・授業法がいかに広まってきたのか、その歴史はもちろんのこと、現在進行形で世界中に広がりを見せるCLILの具体的な内容や課題まで幅広く扱っている。語学研究者だけでなく語学以外の研究者でありながら語学教育に携わる者にとっても、非常に有益な知見が得られるであろう。学びの場としての授業は、いかにして学生にとっても教員にとっても「楽しい場」を取り戻すことができるであろうか。

要約

本書は以下の通り9つの章から構成されている。著者の笹島氏が「はじめに」で述べている通り、本書は「CLIL指導書として活用できるが、CLILのマニュアル本ではない」(p. 7)。全体としてCLILの歴史や現在の実践状況、課題などを提示することで「多くの教師がCLILを理解し、CLILを実践し、そしてさらにCLILが発展すること」(p. 7)が意図されている。

  • 第1章「日本の教育を背景としたCLILの基本理念」
  • 第2章「ヨーロッパのCLIL」
  • 第3章「ヨーロッパのCLIL教育の基本と現状」
  • 第4章「日本の教育環境での具体的なCLIL指導技術例」
  • 第5章「日本におけるCLILの課題と応用」
  • 第6章「各学校段階でのCLILの実践」
  • 第7章「世界に広がるCLILアプローチ」
  • 第8章「CLILと教材」
  • 第9章「CLIL教師と研修」

まず、第1章「日本の教育を背景としたCLILの基本理念」においては、これまでの日本における英語教育の概観と、それに対するCLILの基本理念が語られている。ここでは日本における英語教育の歴史を詳細に辿ることは出来ないが、著者によればその流れは大きく2つに分かれるとされており、読者は読み進めていく上でこのことを最低限知っておきたい。すなわちそれは、私たちの多くが受けてきたと思われる「文法訳読法」と、コミュニケーション能力の育成に特化した「コミュニカティブ・アプローチ(Communicative Language Teaching : CLT)」の2つである。そしてCLILはこのCLTの一部としても理解することができ、その基本理念もコミュニケーション能力の育成に繋がるものが多い。この第一章においてもContent(科目内容やテーマ)、Cognition(思考や認知)、Communication(目標言語でのコミュニケーション)、Culture(異文化理解)1という、4Cの理念が紹介されている。これらの4Cに加えて、著者は日本における背景を踏まえながら、以下のような6つの新たな理念を提唱している。

  • ・CLILは言語教育の一環である(language learning)
  • ・CLILは思考力を育成する教育である(cognition)
  • ・CLILは目標言語によるコミュニケーション能力を育成する(communication)
  • ・CLILは互いの文化を理解する場を提供する(interculture)
  • ・CLILは学習者の自律学習を促進する(cognition +context)
  • ・CLILは学ぶ内容に焦点を当てることで学ぶ意欲を喚起する(content)

(p. 34)

6つすべてを詳細に説明することは紙幅の都合上出来ないが、著者によれば以上のような理念には「コミュニケーション重視の言語指導を基盤として、認知(思考)と文化(文化間意識)に焦点を当てる」(p. 35)ことが目指されており、これまでの「文法訳読かコミュニケーションか?」(p. 34)などといった不毛な論争から脱却するヒントが含まれている。このようにヨーロッパとは違う背景を持つ日本においてCLILは「これまでの英語教育を変えるきっかけになる可能性」を秘めているのである。

第2章「ヨーロッパのCLIL」、第3章「ヨーロッパのCLIL教育の基本と現状」においては、ヨーロッパにおけるCLILの成り立ちや基本理念、そして現状などが語られている。ここでも、歴史を詳細に辿ることはできないが、著者によればCLILは1990年代から「学習するそれぞれの科目を、英語を中心とした言語で学習することにより、移動と交流を後押しする統合学習」(p. 42)としてヨーロッパの政策により進められたという。着目すべきはやはり日本との違いであり、「各教科科目の教師がCLILを教えることに少なからず興味を示し英語や他の言語で教え始めた」(p. 43)ことが挙げられている。すなわち、英語教師だけでなく各教科科目の教師らも英語が堪能であることが日本との決定的な違いであろう。

また、著者によればスペインやイタリアなどではCLILがカリキュラムとして導入されたり、フランス、オーストリア、ドイツなどでは「教師の資格」(p. 46)として位置づけられたりしており、その広がりは多岐にわたる。さらに、その広がりに大きな影響を与えているものとして、ヨーロッパ評議会が掲げるCEFRの言語政策「母語+2か国語」を外すことはできない。CEFRは「ヨーロッパの統合、移動の促進、平和」(p. 47)や「複言語複文化主義」(p. 47)を掲げており、CLILとの親和性は高いと言える。

著者によればヨーロッパCLILの基本は「教科科目の内容の学習が中心となるハード(hard、total、content-driven)CLIL」(p. 62)である2とされ、4Cの理念をもとに展開されている。英語教師が言語教育を中心にソフトCLILを展開する場面の多い日本とは対照的である。第3章ではヨーロッパ諸国のCLILの現状が紹介されており、そのすべてをここで示すことはできないが、「多言語多文化を背景として言語が学習や仕事などの内容とかかわり、かつ、政治、経済、社会と密接につながっている」(p. 83)ことが共通点として挙げられる。また、以下のような6つの指針が提示されており、日本のCLILにも応用が期待されている。

  • ・多様な視点、多焦点(multiple focus)
  • ・安全で豊かな学習環境(safe and enriching learning environment)
  • ・本物らしさ(authenticity)
  • ・積極的な学習(active learning)
  • ・スキャフォールディング(足場づくり)(scaffolding)
  • ・協力(co-operation)

(pp. 86-88)

特にスキャフォールディングに関しては、CLILだけでなく、様々な教科科目の場面でも意識されるべき事柄であろう。ただ、著者も指摘している通り、これら6つの指針をそのまま日本の英語教育に当てはめる必要はなく、CLILが「多様で柔軟で学習者の意欲や学びを最大限に引き出そうとする環境作りとしての教育」(p. 91)であることを忘れてはならない。

第4章「日本の教育環境での具体的なCLIL指導技術例」においては、再び日本のCLILへと着眼点が戻り、日本の教育環境を踏まえながら理論や具体的な指導例が展開される。本章では、これまで言及されてきた4Cやヨーロッパ由来の6つの指針に加えて、著者が新たに提案している6つの理念をもとに日本でのCLIL実践の指導例が考察されているが、教師の役割はあくまで「学習者が主体的に学習にかかわる環境」(p.95)を整えることが重視されている。また、「英語の用法(English usage)」(p. 140)を教えるだけに留まるのではなく、「英語の使用(English use)」(p. 140)すなわち「英語をコミュニケーションの道具として使用する」(p. 140)機会を授業において創ることも教師に求められている。そのような英語使用を促進するためにもCLILでは「協学」(p. 151)が掲げられており、それは「互いに自律学習を培う」(p. 151)ことにも繋がっている。これは学習指導要領において「主体的・対話的で深い学び」が目指されている日本の教育においても親和性が高いと言える。

以上のように本章では、CLILの複雑な理論や指針について具体的な題材を用いながら指導例が提示されているので、読者は自身の授業への適用をイメージしやすい。このことは本書の特徴の一つであると言える。

第5章「日本におけるCLILの課題と応用」においては、理念や指導法、教員養成システムなどの観点から今後の課題について考察されている。CLILとはあくまで「学習目標言語(主に英語)を多様な学ぶ内容と関連させて習熟するための統合学習の総称」(p. 185)であり、日本の教育現場において実践する場合、必ずしもヨーロッパのそれと一致させる必要はなく、むしろ日本の社会背景に適した形で応用することが求められている。その一つの例として著者は、現代日本社会において「外国人労働者は少子化にともない増加し、多くの地域言語や多様なそれぞれの文化は無視できない」(p. 189)ことを指摘し、英語だけでなく他の言語教育の必要性を示唆している。すなわち、「日本語を母語としない児童生徒も増加傾向にあり、日本語だけを教育言語とする現在の初等中等教育も変わる必要がある」(pp.194-195)と言える。

もちろん、日本における「教科ごとに分かれている教員免許と採用方法」(p. 195)を急激に変えることは難しいが、「CLIL教育はカリキュラムとして可能である」(p. 195)と著者は主張する。特に文部科学省が掲げている「主体的・対話的で深い学び」という枠組みとの親和性は高く、CLILの理念を活かした教科科目横断型の授業実践が求められる。

第6章「各学校段階でのCLILの実践」においては、日本における各学校段階でのCLIL実践例が詳細に提示されており、大学、高等専門学校(高専)、高校、中学校、小学校、幼稚園、英会話スクールなど、幅広く参考にすることができる。ここではすべてを扱うことは出来ないので、特に評者に関連深い、大学と高専の実践例について言及する。

大学英語では、著者の指摘する通り「一般教育としての英語と専門分野の英語に分かれる」(p. 199)ことが通例であり、カリキュラム的にも教員の専門的にもCLILを実践しやすい環境は整っていると言えるだろう。特に専門分野を英語で学ぶ授業はグローバル化を背景として増えつつある。評者の授業実践では、教育学部幼児保育学科での一般教育英語において 保育の内容を英語で学ぶCLILを実施し、効果的な結果が得られた。このCLIL実践では一般教育においてもその学部学科に親和性の高い専門分野を扱うことで学生の動機付けに影響を与えることが示されたと言える3

高専英語は、「大学の理工系の英語教育と重なる部分が多い」(p. 205)とされる4。高専は「主に工業系で、情報、ビジネス、デザイン、商船などの学科もある」(p. 203)学校で、「一般科目と専門科目を学び、技術者を育成する」(p. 203)ことが目指されている。また、高校1年生の学年に相当する学年から「学習指導要領にしばられない」(p. 203)ので5、それぞれの学校や担当教員によって独自の授業を展開することが可能であり、CLILを実践しやすい環境にあると言える。一般科目の英語だけでなく専門科目においてCLILを組み込むことも可能であり、将来的にグローバルな技術者を目指す学生にとっても非常に有効である。本章においてもその実践例が提案されており、高専以外の教員にとっても有意義な内容になっている。

第7章「世界に広がるCLILアプローチ」においては、ヨーロッパから世界各地へと広がるCLILの様子が語られている。著者が指摘するように、CLILはヨーロッパ委員会(European Commission)の支援やCEFRの発展とともに広がってきた。その特徴としては「外国語教師が携わらない教育」(p. 231)として広がり、「数学、理科、社会などの教師が、英語やその他の外国語で教える教育をCLILとし、そのための教員養成や研修が実施された」(p. 231)ことが挙げられる。本章ではそのCLILが広がる様子をヨーロッパとの違いに着目しながらオセアニア、北米、南米、アフリカ、中東、アジアの順で紹介している。ここですべてに言及することは出来ないが、南米やアフリカなど、かつて植民地支配を受けていた地域に関してはその歴史的な背景を無視することは出来ない。教員養成や教材、学習環境などの教育制度の整備が急務であり、それはESDやSDGsなどがその理念にも反映されうるCLILにとっても今後の大きな課題である。世界各地で状況は異なるが、いずれにせよ「それぞれの学習環境を考慮して、状況を判断して、適宜必要な要素をCLILに加味する」(pp. 242-243)ことが求められている。

第8章「CLILと教材」においては、日本で今後CLILを進めていく上で有効な教材研究や教材開発について考察されている。CLIL授業の多くでは「教科書を使わず、本、雑誌、インターネットなどの情報を題材として、オーセンティックな教材を使って授業を組み立てる」(p. 246)ことが標準となっている。このように教材の本物らしさは学習者の動機付けの観点からも重要な要素と言える。

本章で著者は教材の選定や作成に関して留意すべき点を、「内容(トピック、テーマなど)」「明確な学習目標」「教材のリソースの提供」「英語のスタディ・スキル」「内容の提示方法」「活動の明確化」「評価の観点」「発展学習とふりかえり」の8点にまとめている。「内容」に関しては学習者の興味関心をひくオーセンティックなものを選定することが再度強調されている。そして「スタディ・スキル」についても、スキャフォールディングを意識したスキルを状況に合わせて提示することが求められている。

また、著者が編集を担当しているCLIL教科書も紹介されており、まだまだその数が少ないCLIL教科書の先駆けとして機能しているとともに、CLIL実践に向けた教材開発の参考資料にもなっている。

第9章「CLIL教師と研修」においては、日本でのこれからのCLIL実践に向けて求められる資質やその教員養成について考察・提唱されている。本章で著者はCLIL教師に求められる資質として以下の8つを挙げている。

  • ・CLIL教育の理念を理解している
  • ・英語力に関してCEFRでB2以上である
  • ・学ぶ内容にある程度習熟している
  • ・CLTの背景を理解している
  • ・授業活動のなかで英語と日本語を効果的に使える
  • ・学習者の自律学習を尊重する
  • ・学習者とともに学ぶ気持ちを持っている
  • ・多様な指導法を柔軟に適用できる

(pp. 268-271)

もちろんこれらはあくまで「ひとつの指針」(p. 271)であり絶対的なものではないが、CLILにこれから携わる教員にとって有意義な項目であると言える。そして著者はこれらの資質要件を、ヨーロッパのCLIL研修に関する指針と照らし合わせて、新たに認定CLIL教員(Qualified CLIL Teacher: QCT)の資格要件として10項目提唱している。ここですべてを詳細に記すことは出来ないが、着目すべきは基本的知識やスキルだけでなく、授業研究や教材開発、振り返りなど、教員の積極的な姿勢である。このような認定CLIL教員の資格とともにその構築が望まれているのが「CLIL教員養成のシステム」(p. 276)である。本章において著者が具体的に提案しているのは、CLILに関連する科目を教職課程に設置することであり、「教員を目指す学生に、英語という言語でそれぞれの教科科目を指導する可能性を考える機会」(p. 277)を与えることを推奨している。また、コアカリキュラムとして「CLILの基礎と言語、CLILの実践、CLILの研究」(p. 278)という3つの領域を設定しており、CLILの理論から実践を意識した授業、さらに授業研究やデータ収集など実習に近いような授業が想定されている。

以上のように著者は日本におけるCLILの普及に向けて、現行のシステムと融合する形で提案している。課題は多くあるが、CLILは「これまでの英語教育や外国語教育を大きく変える役割」(p. 290)を持っており、何よりも「学びを楽しむ」(p. 291)ことを学習者にも教員にも教えてくれる学習法として大きな可能性を秘めていると言えるだろう。

コメント

評者からは3点コメントしたい。

1つ目は、著者のCLILに対する概念的姿勢である。笹島氏はCLILを単なる言語教育ではなく、「統合的な教育(integrated education)」(p. 6)として、さらに広い意味での「教育(pedagogy)」(p. 6)として捉えている。この点は、評者が強く共感していることであり、英語教育を単なる言語教育だけではなく内容を伴いながら教科教育との統合を意識したものにしたいという姿勢が見られる。この姿勢は、著者が本書で新たに提唱している6つの理念にも見てとることができ、特に「CLILは思考力を育成する教育である(cognition)」(p. 34)や「CLILは目標言語によるコミュニケーション能力を育成する(communication)」(p. 34)、「CLILは学習者の自律学習を促進する(cognition +context)」(p. 34)などが象徴的である。評者がCLILに出会ったきっかけとしても、英語教育が単なる言語教育に終わることなく「言語を通して」様々なことを学んでもらいたい/学びたい(教員自身も)という願いがあったので、著者のようにCLILを「教育(pedagogy)」として捉えていくことには大いに賛成である。また、著者が提示しているCLIL教師の役割も注目に値する。著者によれば、教師の役割は必ずしも内容を教えることではなく、以下の5つも重要である。

  • ・教材を提示すること
  • ・基本的なリソースを提供すること
  • ・課題(活動、タスクなど)を設定すること
  • ・学習成果の共有を図る方法と場を設定すること
  • ・ふりかえり、評価、フィードバックをすること

 (p. 22)

この5つに読み取れるのは、教師のファシリテーターとしての役割である。すなわちそれは、「統合学習自体をアレンジし、支援し、共に学ぶ」(p. 22)姿勢であり、統合学習としてのCLILによって教師自身が成長するのである。以上のように本書はCLILを言語教育に留めることなく、広い意味での「教育(pedagogy)」として捉え、従来の言語教育に対して存在論的な問いを投げかける画期的な1冊である。

2つ目はCLILの4C理論とSDGsの関係性についてである。すでに見てきたようにCLILにおける4CとはContent(科目内容やテーマ)、Cognition(思考や認知)、Communication(目標言語でのコミュニケーション)、Culture(異文化理解)である。そしてSDGsとは2015年の国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発目標 Sustainable Development Goals : SDGs」のことであり、2016年〜2030年の国際目標とされている。

SDGsにおいては、「すべての人の人権が尊重され、尊厳と平等の下に、健康な環境で、すべての人が潜在能力を発揮できる「誰も取り残されないNo One Left Behind社会」を目指す」(高須、2019、p. ⅳ)ことが理念として掲げられている。また、環境・社会・個人の3層で貧困や格差、差別、暴力・紛争などに関する17の目標のための取り組みが求められている。このうち、第4の目標は、「質の高い教育をみんなに」として掲げられた教育に関する目標であり、まさに「誰も取り残されない」という理念が強く反映されていると言える。このような教育において、まさにSDGsが扱っている国際問題や身近な問題自体を内容として学ぶことは、ユネスコが提唱する「持続可能な開発のための教育Education for Sustainable Development: ESD」として位置づけられる。さらにESDでは、「社会の課題と身近な暮らしを結びつけ、新たな価値観や行動を生み出すことで、子どもたちが「自立的対応力」を育むこと」(北村ほか、2019、p. 19)が目指されており、地球市民としてのアイデンティティも求められることから、ユネスコは「地球市民教育Global Citizenship Education: GCED」を推進している(北村ほか、2019、p. 27)。そのGCEDにおいては、「国境を越えて、世界の平和のために行動できる人」(北村ほか、2019、p.54)が目指されており、まさに「自分自身とどう向き合い(アイデンティティや自尊心など)、また社会とどう関わるか(理解、共感、対話、協働など)についての学び」(北村ほか、2019、p.56)が掲げられているのである。

したがって、ESDやGCEDを通してSDGsを内容として学ぶ授業では、「グローカル」な「当事者として」(北村ほか、2019、p.67)の精神、そして「誰も取り残されない社会」という理念が学習者、授業実践者の両方に求められるのである。

以上のようなSDGsの問題を内容として扱う学びに親和性が高いと思われるのが、CLILの4C理論である。例えばContent(科目内容やテーマ)においては、SDGsが扱っている国際問題や身近な問題を内容として選ぶことが可能である。また、Cognition(思考や認知)については、暗記、理解、応用など正解があるとされる際の思考、すなわち「低次思考力(Lower-order thinking skills :LOTS)」だけでなく分析、評価、創造など正解がないとされる際の思考、すなわち「高次思考力(Higher-order thinking skills :HOTS)」を用いて(池田ほか、2016、pp. 11-14)、授業を展開することが考えられる6。そしてCommunication(目標言語でのコミュニケーション)においては、学ぶ単元・内容に必須な用語や概念である「内容必須言語(content obligatory language)」、社会的抽象的なテーマを扱う際の「学習言語(vertical discourse)」、生徒の生活や興味に結びつけた「日常言語(horizontal discourse)」などを活用しながら「対話型授業(dialogic talk)」(池田ほか、2016、pp. 5-9)の実施が期待される。さらにCulture(異文化理解)は、「協学」とも訳されるように、教室(classroom)→学校(school)→市町村・都道府県(town/city)→国(country)→地域(region)→地球全体(world)まで含まれる概念であるとされる(渡部ほか、2011、pp. 8-9)。それは、ペアワークやグループワークによってクラスメイトと意見交換する協同学習から、社会問題など国際的なトピックを扱う際の「地球市民」としてのcommunity観まで幅広く包括するとされる。

以上のように、CLILにおける4C概念こそが、ESDやGCEDを通してSDGsを学ぶことと非常に親和性が高いことが分かる。

3つ目はCLILに対する著者と評者の立場の違いとその違いから生じる今後の課題・展望である。これまでの話からも明らかなように、著者の笹島氏のご専門は言語教育としての英語教育であり、活動としては言語教育の視点からCLILの発展に尽力されている。一方の評者は、哲学や倫理学を専門としており、CLILに携わるきっかけとなったのも、偶然担当することになった英語教育において自身の専門を活かせないかという試行錯誤からであった。

つまり、著者と評者は、言語教員と教科科目教員という全く逆の立場を取る。そして著者も指摘している通り、CLIL研究については「言語教育以外の分野からの研究はほとんどない」(p. 45)とされ、内容を扱う教科科目教員からの研究・実践が今後の課題であると言える。

そこでこのような課題の打開策として、著者の提示しているティームティーチングは非常に有効であり画期的であると評者は考える。具体的には、「他教科の教員とALTと英語教員のティームテーチング」(p. 208)である。すなわち、学習する教科科目が専門の教員と、ALT、さらに英語教員の3人でティームティーチングを実施する方法論である。しかもここで著者が提示しているのは、ALTの専門とする(もしくは大学時代に専攻していた)教科科目の内容を、当該教科科目の教員と英語教員が支援するという形で展開する授業である。このような授業を積極的に計画・実施することによって、当該教科科目の教員、すなわち言語教員以外の立場から研究するきっかけが生まれると思われる。さらに、ALTがいないような学校種においても、内容を扱う教科科目教員が主導となって英語(言語)教員と連携したティームティーチングを実施することが可能であろう。現に評者は前任校においてこのような授業を実践していた経緯があり、さらに現在は勤務校以外の学校において、著者の主張しているような3人のティームティーチングをコンサルティングしている。

以上のようにCLILという学習法・授業法を通して、学習者だけでなく教員同士もその専門や教科科目、役割を越えた協同が可能となると言える。そしてそのことによって、学びの場としての授業が、学生にとっても教員にとっても「楽しい」という本来の姿を取り戻すことに繋がると確信している。

文献案内

CLILについてさらに基礎的なことを知りたい読者には、以下の著書をおすすめしたい。今回書評させていただいた本の著者である笹島氏が、CLILの基礎から実践、キーワードまで幅広く提示している。

  • 笹島茂(2011)『CLIL 新しい発想の授業 ―理科や歴史を外国語で教える!?』三修社

また、高校や大学の教員には、CLILに特化した以下のような教科書を強くおすすめする。

もちろん、すべてを教科書通りに進める必要はなく、授業の狙いや教員の専門に応じてさまざまにアレンジされることが期待される。

  • 笹島茂ほか(2014)『CLIL 英語で学ぶ国際問題』三修社
  • 笹島茂ほか(2016)『CLIL 英語で身体のしくみと働き』三修社
  • 笹島茂ほか(2018)『CLIL 英語で学ぶ科学と数学の基礎』三修社
  • 笹島茂ほか(2018)『CLIL 英語で学ぶ世界遺産』三修社
  • 笹島茂ほか(2020)『CLIL 英語で培う文化間意識』三修社
  • 笹島茂ほか(2021)『CLIL 英語で考えるSDGs 持続可能な開発目標』三修社

さらにCLILの原理や実践、教材研究に関心のある読者は上智大学出版から出ている以下のシリーズをおすすめする。

  • 渡部良典/池田真/和泉伸一 (2011)『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第1巻 原理と方法』上智大学出版
  • 和泉伸一/池田真/渡部良典(2012)『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第2巻 実践と応用』上智大学出版
  • 池田真/和泉伸一/渡部良典(2016)『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第3巻 授業と教材』上智大学出版

また、CLILと他の言語習得理論を比較検討する際に参照されたい書籍を以下に挙げておく。

  • 和泉伸一(2016)『フォーカス・オン・フォームとCLILの英語授業』アルク
  • 二五義博(2016)『8つの知能を生かした教科横断的な英語指導法 ―MI(多重知能)とCLIL(内容言語統合型学習)の視点よりー』渓水社
  • 早稲田大学教育総合研究所(2017)『英語で教科内容や専門を学ぶ』学文社

さらに、SDGsとESD、GCEDの関係性などについてその背景や内容を詳細に参照できる文献として以下をおすすめしておきたい。これらは英語教員に限らず、「地球市民」であれば誰もが知っておきたい情報ばかりである。

  • 北村友人/佐藤真久/佐藤学(2019)『『SDGs時代の教育 すべての人に質の高い学びの機会を』、学文社
  • 諏訪哲郎/小堂十/丸茂哲雄/多田孝志(2020)『学校3.0×SDGs 時代を生き抜く教育への挑戦』キーステージ21
  • 高須幸雄(編)(2019)『SDGsと日本 誰も取り残されないための人間の安全保障指標』明石書店
  • 村田翼夫(2016)『多文化社会に応える地球市民教育―日本・北米・ASEAN・EUのケース』ミネルヴァ書房

いずれにしても、理論を学ぶだけでなく、普段の授業実践からより良い方法論を抽出し新たな知見によってCLILの発展に寄与することが求められている。

1池田(2016)「第1章CLIL活用の新コンセプトと新ツール」(『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第3巻 授業と教材』所収)によれば、CultureにはCommunityの要素も含まれている。

2CLILのバリエーションについては、池田(2011)「第1章 CLILの基本原理」(『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第1巻 原理と方法』所収)を参照されたい。

3授業の出席率は実際に上がっており、授業アンケートにおいても「保育」を内容として扱っていたことがその理解を助けたことや動機付けを向上させた、との意見が学生から多数寄せられた。

4実際、工業高等専門学校は英語で「college of technology」とも表現され、評者の勤務する高専も、大学の要素を多く含んでいる。

5高専では大学と同じく、各教員が独自のシラバスを作成し授業を展開している。

6「低次思考力(Lower-order thinking skills :LOTS)」や「高次思考力(Higher-order thinking skills :HOTS)」など、ブルームの思考分類(Bloom’s taxonomy)については、池田(2016)「第1章CLIL活用の新コンセプトと新ツール」(『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第3巻 授業と教材』所収)やCoyle, D., Hood, P., & Marsh, D. (2010) p.31を参照されたい。

参考文献

  • 池田真/和泉伸一/渡部良典(2016)『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第3巻 授業と教材』上智大学出版
  • 和泉伸一/池田真/渡部良典(2012)『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第2巻 実践と応用』上智大学出版
  • 和泉伸一(2016)『フォーカス・オン・フォームとCLILの英語授業』アルク
  • 北村友人/佐藤真久/佐藤学(2019)『『SDGs時代の教育 すべての人に質の高い学びの機会を』学文社
  • 笹島茂(2011)『CLIL 新しい発想の授業 ―理科や歴史を外国語で教える!?』三修社
  • 諏訪哲郎/小堂十/丸茂哲雄/多田孝志(2020)『学校3.0×SDGs 時代を生き抜く教育への挑戦』キーステージ21
  • 高須幸雄(編)(2019)『SDGsと日本 誰も取り残されないための人間の安全保障指標』明石書店
  • 二五義博(2016)『8つの知能を生かした教科横断的な英語指導法 ―MI(多重知能)とCLIL(内容言語統合型学習)の視点より―』渓水社
  • 村田翼夫(2016)『多文化社会に応える地球市民教育―日本・北米・ASEAN・EUのケース』ミネルヴァ書房
  • 早稲田大学教育総合研究所(2017)『英語で教科内容や専門を学ぶ』学文社
  • 渡部良典/池田真/和泉伸一 (2011)『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦 ―第1巻 原理と方法』上智大学出版
  • Coyle, D., Hood, P., & Marsh, D. (2010) CLIL: Content and language integrated learning. Cambridge, UK: Cambridge University Press.

出版元公式ウェブサイト

三修社

https://www.sanshusha.co.jp/np/isbn/9784384059298/

評者情報

松島 恒熙(まつしま こうき)

現在、神戸市立工業高等専門学校 助教。大学院在籍時に、つくば開成国際高校、帝京科学大学、茨城大学にて非常勤講師を歴任し、英語教育にも従事した経歴がある。専門は存在論、教育哲学、英語教育、公民教育で、特に「公共性」と教育の関係に関心がある。主な論文に、「対話と「公共性」の関連をめぐって」(『思考と対話』第1号、2019年)、「ハイデガーの本来性における世界内存在の可能性について」(『哲学・思想論叢』第38号、2020年)、「高校英語で公民科新科目「公共」を学ぶーCLIL(内容言語統合型学習)の可能性―」(『倫理道徳教育研究』第3巻、2020年)がある。趣味は、野球と授業。

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