2023年1月14日
上出洋介『オーロラ 宇宙の渚をさぐる』
KADOKAWA, 2013年
評者:相澤 紗絵
はじめに
「宇宙」と聞くと、みなさんが想像するのはどんなものだろうか。夜空に輝く星々や銀河か、それともブラックホールか。あるいは火星や月といったより身近な星かもしれない。ひとことに宇宙といっても、想像されることは多岐にわたる。
では、どこまでが地球で、どこからが宇宙なのか、その境界を考えてみる。人類が今比較的安全に到達できる最も近い宇宙といえば、高度400 kmに存在する国際宇宙ステーションではないだろうか。この時点で既に“宇宙”ステーションである。では境界はそれより下ということか。
本書は高度100〜500 km上空に舞うオーロラを「地球と宇宙(ジオスペース)の境目」として「宇宙の渚」と呼び、その美しい写真からスタートして観測史、そしてオーロラ科学へと読者を誘い、そしてジオスペースの解明に挑む、という類を見ない新しい宇宙科学の本である。ただ天に舞うカーテン様の美しいオーロラの写真が載っているだけの写真集ではなく、オーロラの発生メカニズムや電磁気学的な説明など学術的な内容がふんだんに盛り込まれており、「美しい」の先へと読者を導く一冊である。
本書を読むにあたって高校物理から大学で学ぶ電磁気学程度が予備知識として必要だろう。専門書ではないため特に数式などは出てこず、ある程度は予備知識なしで雑学としても楽しむことができるが、本書の序章からすでに電磁気学で出てくるような単語がいくつも登場する。物理が苦手な読者は、そのような単語は流して読むとよいだろう。また本書の目玉はオーロラの美しさを紹介することではなく、著者の研究者人生をなぞりながら学ぶオーロラ科学、そしてそこから広がる「ジオスペース」での物理である。しかしながら図なども多く挿入されており、章を跨いで繰り返して同じ説明がある箇所も多い。より学術的な章は電磁気学を履修した学生や本分野の初学者にはうってつけであるが、そうではない読者も置いていかれることなく読み進められるものと思う。
要約
序章 オーロラ研究の展開と転回 美学から科学へ
序章はタイトルの通り、天体ショーとしての美しいオーロラから導入が始まる。ぼんやりと白む空からどのようにオーロラが成長していくのか。これらはかつて人智を超えた神秘的なものとして捉えられてきたが、人類の知的好奇心はこれが太陽と地球の関係によって生じていることを明らかにした。完全に地球のものではない、しかし完全に宇宙のものでもない。ここでは、その間の、地球と、近い宇宙である太陽との関係によって起きるオーロラの発生メカニズムを平易に説明している。ごく簡単に言えば、オーロラとは太陽からくる高速のプラズマ(太陽風)が地球の磁気圏に捉えられ、それが地球大気と衝突して発光する現象である。これに魅せられた筆者はオーロラの研究者になる道を歩み出し、地球のこと、宇宙での地球の立場、そして太陽との関係を追求していくのである。
ここでは導入として太陽と地球の関係について考えている。先に述べたように、地球には太陽からの高速のプラズマが吹いている。この太陽風は太陽コロナ、すなわち太陽大気から外側に向かって吹くプラズマ(太陽大気のガス)であるため、地球を含めた太陽系内の惑星はすべて太陽の勢力の中、すなわち太陽の大気の中に位置していると言える。しかしながら地球は磁場と大気を持っているため、普段は太陽大気が地球近くまでやってきていることは感じない。しかしオーロラはそれを感じられる一つの事例なのだ。オーロラ粒子は太陽からのプラズマであり、地球の大気に衝突して電離させ、電気伝導度を高める、すなわち電流が流れやすい状態を生む。電流が流れるとその周囲に磁場がつくられるため、これによってもともとある地球磁場が乱される。この擾乱磁場が全空間に広がり電流が環流するスペースが、太陽と地球の間でありジオスペースと呼ばれている空間である。ジオスペースは上空わずか100 kmにまで迫り、オーロラはジオスペースと地球の際のところで最も明るく輝いているのである。すなわち、オーロラを観測するということは、太陽からのプラズマがすぐそこまで来ていることを実感するということなのだ。
ジオスペースには太陽の大気の延長が存在し、同時に地球に根を持つ磁場が充満している。オーロラ科学の発展によってさまざまなことが明らかになったが、オーロラからジオスペースへと探究する空間が広がったことで新たな謎もたくさん生まれた。太陽の様相が変わればジオスペースも変化する、ジオスペース物理学はそのような宇宙そのものを実験室にするかのような科学であり、本書はオーロラをガイドとしてジオスペースの時空間そのものを調べる科学へとつながっていく。
第1部 美貌の夜空を見上げる
本部は第1章「神話のなかのオーロラ」および第2章「オーロラ科学の誕生」という2章構成になっている。第1章ではこれまでにオーロラがどのように人々によって捉えられてきたかをまとめている。古代ギリシャの哲学者や聖書ではオーロラをどう記述しているのか、また日本を含めさまざまな文化圏ではどのようにオーロラを捉えていたのか、そしてこの超自然的な現象にまつわる数多くの伝説などとともに、美しいだけではなく吉兆・凶兆などと捉えられていた点が述べられている。一方で、より科学的にはどのように考えられていたのかをも同時に記述されている。超自然的だというだけではなく「なぜ光るのか」を紐解こうとオーロラを注意深く観察した先人たちのアイデアが簡単にまとめられているが、それらのいずれも地球にその起源があるのではないかと解釈したものだという点は興味深い。過去著名な研究者たち(たとえばハレー、ニュートンなど)もオーロラに魅せられさまざまな発見をしたり、論文を残したりしたことから長年の人類の興味好奇心の対象であったことが窺える。
第2章では著者がどのようにオーロラに出会ったのか、なぜオーロラ研究者を志したか、そして大学院生時代にどのような研究テーマを選んだのかが説明されている。当時のオーロラといえば、「地球に起源があるものではなく太陽の活動と関係している、宇宙の現象である」と認識されていた頃であり、太陽と地球を結ぶ太陽地球系科学はオーロラやそれに付随する地球磁場の乱れ(磁気嵐)を研究することによって始まった。オーロラに流れる電流が周囲に磁場を作り、それが地球磁場に影響を及ぼして乱れを生むが、当時その電流がどこから来てどこへいくのかといったことはわかっておらず、それが筆者の研究テーマであった。電流を地上の磁場観測データから推測することで、その電流系を理解しようとしたものである。
興味深いことに、歴史的に磁気嵐のデータを調べていくなかで現在の電磁気学の基礎が発達したといえる、と筆者は述べている。現在はオーロラという現象を、電磁気学をもって解釈しようとしているが、マクスウェル方程式によって体系化された電磁気学はその基礎をクーロンの法則やアンペールの法則といった実験法則にもつ。すなわち、これら実験法則は磁気嵐の研究と並行して発展してきたのだ、と。また、電磁気の体系化の前後には太陽活動度の観測やフレア現象の観測などが行われており、オーロラの発生との関連を議論し始めていたことも説明されている。
第1部の最後にはページ数を割いてこれまでの研究を基にしたオーロラ基礎知識が掲載されている。オーロラは太陽の活動と関係があるのになぜ夜側で活発なのか、どのくらいの高さで光っているのか、そしてそれはなぜなのか。なぜ色々な色や形が存在するのか。ここでは序章で述べられたオーロラ発生メカニズムを絡めてより学術的に説明されている。太陽からのプラズマが地球に降り注ぐのであれば昼側でオーロラが活発に見られるのではないか、と考えるのは当然のことであるが、実際には夜側を一度経由して地球に降り込むという意外とも言える経路を通ってくることが平易な言葉で説明されている。
第2部 オーロラを「上」からつかまえた!
第2部は3章構成となっており、第1部でオーロラを「下」すなわち地上から見た場合について述べられていたものと対になっている。これまでは地上でオーロラを観察したり、磁場の乱れを計測することによって太陽と地球磁場の関係を理解しようとしてきた。しかし技術革新によって人類は人工衛星を打ち上げ、オーロラを「上」から観測することに成功する。
第3章ではオーロラを透視すると題してオーロラジェット電流について説明している。オーロラが発生するのは、地球の中性大気が太陽紫外線などによって一部電離している電離圏と呼ばれる領域であるが、ここに磁気圏で加速された太陽起源粒子が降ってくるとさらに電離度を上げる。すなわちオーロラが光っているところでは電離度が高い=電流が流れやすい状態であり、オーロラの中に集中して流れる電流をオーロラジェット電流と呼ぶ。この電流がどのように系を閉じるのか、について二大研究者であるチャップマンとアルヴェーンの議論を引いており、そしてここから著者の研究人生の大きなステップとなった博士研究の話へと話を進めている。第二部は主に筆者の研究人生のさまざまな体験をなぞりながら、これまで手書きで行われていた電流地図の、自動マッピング法を構築した話の詳細が語られている。新しく導入されたレーダーで得られたデータ、そして人工衛星によってもたらされたオーロラを上から観測したデータ…これらによってチャップマンとアルヴェーンが延々議論した、電流系構造が2次元なのか3次元なのかという問題に決着がつくこととなった。そして人工衛星データはさらに、どの方向にどれくらいの強さで電流が流れているのかといった謎の解明に大きく貢献し、オーロラ科学を加速させていった。ここにさらに太陽活動の情報を加えることで、オーロラの発生度、すなわち実際に地球に吹き付ける太陽風と磁気圏の相互作用について詳しく研究を進めていくことになる。
第4章では影から本体をさぐる「逆計算法」の革命、として筆者が提案した地磁気逆計算法について述べられている。これは画期的な手法であり、一般的に結果が与えられている中で原因を計算で得ようとするものである。この場合、特に地上の磁場データを使って電場および電流の分布を計算することに相当する。アイデアは長くあたためられていたものの、それを実行するための微分方程式がとても複雑であったため実現が困難と思われていたが、ここではそれにどう向き合い、共同研究者との出会いからどのように開発、テストまで漕ぎ着けたか、そしてその後どれだけの研究結果を生み出したかが説明されている。特にこの逆計算法の導入により太陽地球系科学、特にジオスペース物理学(と筆者は言葉をあらためている)にとって何が得られたか、どのように使われているのかがこの章の終わりに議論されている。本手法によってオーロラを光の現象として見るのみならずその電磁気学を知ることによって、オーロラのでき方やその構造の理解へ近づいたといえる。
第5章では「上」からオーロラを撮る、というタイトルでオーロラが人工衛星によって上から撮像されるようになった話を皮切りに、撮像データと逆計算法を組み合わせた研究の話がここでは述べられている。得られた結果によってオーロラがあるところに強いオーロラジェット電流が流れる、つまりオーロラがないところにはそのような電流は流れないだろう、という考えが正しくなかったことを証明した。つまり、電流は電気伝導度と電場の積であるため、プラズマの降り込みによってオーロラの出現域の電気伝導度を上げることと電場が強くなることは、「電流が強くなる」という同じ結果をもたらすのである。すなわち、実際にはオーロラジェット電流はオーロラがなくても電場が強ければ流れることができる、ということである。また、オーロラは磁気圏に侵入した太陽風起源のプラズマが地球の夜側に捉えられ、なんらかの駆動で解放、加速されてそれらが地球大気に降り込んで起こるものである。このエネルギー解放現象をサブストームと呼ぶが、サブストームは3つの異なる相にわけることができ、エネルギーが溜まりつつある「成長相」、何かをトリガーとして急激にエネルギーが解放される「爆発相」そして元の状態にもどっていく「回復相」と定義がされている。逆計算法と人工衛星撮像データによって、この3つの相でそれぞれ独特の電位分布があることが明らかになった。それらは上流の太陽風条件によっても大きく変化することが示され、いかにジオスペースが太陽風に敏感に反応するかを説明している。
第3部 「宇宙の実験室(ジオスペース)」へようこそ
これまでにオーロラがどのように発生しているか、そこに流れる電流やそれがもたらす磁気嵐、サブストームについて地上データや数値計算、また人工衛星データなどを用いて議論を行ってきた。第3部では、そのオーロラを起こすプラズマの起源である太陽に焦点を当てている。
第6章では、オーロラのふるさと、太陽をたずねて、というタイトルで太陽が歴史的にどのように見られ扱われてきたか、をまず説明し、ジオスペースの概観を述べている。太陽から地球にいたる宇宙空間「ジオスペース」は無の空間ではなく、太陽から通常吹き付ける太陽風プラズマやオーロラや磁気嵐などの現象なども存在し、さまざまなプロセスが生起する空間である。また、さまざまな技術の発達により多くの観測データが得られるようになったことで、太陽―地球間の環境は複雑で常に変動していることもわかってきた。その太陽は過去に想像されていたような安定したエネルギー源ではなく、刻々と変動していること、特に約11年周期の活動周期を持っていることなどがよく知られるようになり、その影響下で作られるジオスペースはまさしく「宇宙の実験室」である。本章では特に太陽の黒点、太陽のもつエネルギー、太陽の自転スピード、一番熱いはずの太陽から離れると温度が高くなるパラドックスなどを説明している。そしてそこから太陽からの突発現象である太陽フレアやコロナ質量放出といった、これらが地球に到達した際には大オーロラを引き起こす要因となる現象まで記述がある。
第7章では暴走する太陽と磁気嵐と題して、磁気圏と磁気嵐、そしてオーロラという点についてあらためてまとめている。磁気嵐とはジオスペース全体の乱れであり、太陽―地球というシステム全体におけるひとつながりの大規模な電磁気現象のことである。この乱れが出現するとオーロラを伴うサブストームが次々と発生するが、それが磁気嵐の発達に必要な条件なのか否かは決着がついていない。大きな磁気嵐の時には激しいオーロラが何日も続くことが期待されるが、一方でGPS衛星などにも影響することが予測され、場合によっては人工衛星の運用や飛行機の運用、そして電力供給などにも障害を与える。本章では特に、人間社会に大きな混乱を招きうる磁気嵐と、情報化社会に生きる我々の備えとしての「宇宙天気予報」に話が展開していく。
終章は星の欠片である生命の灯を絶やさないために、と題して、オーロラを介して地球の大気組成の話や他の惑星のオーロラの話が掲載されている。地球の大気組成は地球形成時のものとは異なり、長い年月をかけて火山活動や植物の影響で今のような組成へと大気進化をしてきたと考えられている。オーロラの発光はプラズマが大気と衝突することによるものであり、地球のオーロラは主に窒素と酸素がその色を生み出している。すなわちオーロラの色は地球が人間にとって住める星であることを示しているのである。一方オーロラが発生するためには大気の他に磁気圏も欠かせない1。すなわち大気と磁場の両方があればどのような惑星・衛星であってもオーロラを観測できる可能性があり、またその色によってどのような大気が存在するかを推察することができる。ここでは特に木星のオーロラが例として挙げられている。
本書は最後に、この広い宇宙の中で我々人類が非常に小さな存在であること、地球のような住みよい環境をもつことがいかに絶妙なバランスの結果かといった点について言及している。地球温暖化が進むなか、戦争や核の脅威など人類はさまざまな問題に直面している。特に核実験は大気の成分を変える可能性すらあり、それが長期的にはオーロラの色にはねかえってくる。そしていつか地球のオーロラは今見える緑やピンクではなくなってしまうかもしれない。人類がその類まれなる技術力と好奇心をもって月や火星へと旅立とうとするいま、我々は足元を見つめることを忘れてはならず、絶妙なバランスの上に存在するたった一つの地球を大切にすべきではないだろうか。
注
12013年出版の本書には「磁場を持っていない、あるいは非常に弱い金星、火星に、オーロラは期待できません。もちろん月にもオーロラはありません。また、立派な磁場をもってはいますが、大気がない水星にも、オーロラはあり得ません。」との記載があるが、火星には残留磁場によってオーロラが発生することがその後観測によって明らかになっている。水星では大気にプラズマが衝突することによる放電という意味でのオーロラは確認されていないが、水星表面にプラズマが降り込むことによりX線を発することからX線オーロラと呼ばれている。
出版元公式ウェブサイト
KADOKAWA (https://www.kadokawa.co.jp/product/321307000117)
評者情報
相澤 紗絵(あいざわ さえ)
現在、JAXA宇宙科学研究所およびピサ大学所属の日本学術振興会博士研究員。専門は惑星大気物理学、惑星電磁圏物理学で、特に水星の磁気圏におけるプラズマの挙動、そして中性大気や水星表面とのカップリングについて研究している。
researchmap:https://researchmap.jp/sae_aizawa