Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2023年4月8日

中田達也、鈴木祐一編著『英語学習の科学』

研究社, 2022年

評者:千葉 将希

Tokyo Academic Review of Books, vol.54 (2023); https://doi.org/10.52509/tarb0054

現在、日本では多くの人が英語学習に勤しんでいるが、なかにはいくら頑張っても思うように成果が上がらず、思い悩んでいるという人も少なくないはずだ。これまで長いあいだ英語を学習してきたつもりなのに、なぜなかなか使いこなせるようにならないのだろうか。どうしたら単語や文法、発音をもっと効果的に習得することができるのだろうか。やはり早期学習や留学の経験、あるいは生まれ持った適性や強い動機づけなどがないと、英語の習得など叶わないのだろうか。本書『英語学習の科学』は、英語学習者の多くが抱くであろうこうした英語学習法にまつわる様々な疑問に対して、「第二言語習得論」と呼ばれる分野の研究に基づく具体的な知見や助言を与えてくれる本である。

一般に「第二言語習得論」とは、第二言語(第一言語以外の言語)の習得メカニズムや効果的な学習法について実証的に研究する、応用言語学の一分野のことを言う(「第二言語習得」は英語で“second language acquisition”と称されるため、この分野はしばしば「SLA研究」と略記される)。たとえば、英語は日本で日本語を第一言語とする話者によって最も広く学ばれている第二言語と言ってよいだろう。では、そうした人々は英語(の単語、文法、発音、etc.)をどのようなメカニズムで習得するのだろうか、あるいはどのように学習するのが効果的なのだろうか。第二言語習得論の研究者たちは、こうした点を明らかにすべく、様々な理論や仮説を立て、実験や調査によって検証してきた(勿論、ここでの日本語話者や英語というのはあくまで言語学習者や第二言語の一例に過ぎない。当然ながら、第二言語習得論の研究は他の話者や言語を対象としてもよい)。

本書は、こうした第二言語習得論の各領域を研究する11人もの専門家が、これまで同分野でどのような知見が得られてきたのかを初学者にも分かりやすく解説しつつ、英語の効果的な学習法について具体的な助言をしてくれるという体裁の本である。英語学習法に関する実用書としても、はたまた第二言語習得論そのものへの入門書としても、本書は大いにお薦めできる一冊だ。以下では、(1)本書の概要、(2)本書の特徴、(3)本書で気になった点、(4)文献案内、という順番で書評を進めていきたい。本書評が多くの人にとって少しでも参考になれば幸いである。

1. 本書の概要

まずは、本書の概要から簡単に紹介しよう。冒頭と結末の部分を除くと、本書は大きく12の章から構成されている。そのうち、英語学習全般に関する大原則を述べた第1章を除く、第2章〜第12章が、言わば本書の「本編」的な章となっている(以下では便宜上、第2章〜第12章を「本編」と呼ぶことにする)。あまり詳細な内容を記載してもかえって分かりづらいと思われるので、以下では全体像を把握しやすいよう、本書の章立てと本編各章の基本的な進行パターンを示すに留めておく。より詳細な内容については、出版元公式ウェブサイト(後述)を見てみるか、もしくは実際に本書を手に取ってみることをお勧めする。

最初に、本書全体の章立てを示そう。本書では基本的に「単語の学習」、「文法の学習」、「発音の学習」など、英語学習に関する大きな項目ごとに1つの章が立てられ、それぞれの項目に関してこれまで第二言語習得論においてなされた研究や得られた知見などが紹介されるとともに、英語学習法に関して専門的知見を踏まえた助言がなされる(第2章〜第12章)。それぞれの章は、その章が扱う項目を専門とする研究者によって分担執筆されている。より具体的には、本書は以下のような章立てとなっている([]内はその箇所の執筆者。ただし、執筆者が2人いる箇所については、以下のページ(http://howtoeigo.net/2022/04/22/eigokagaku/)に依拠した順序で記載した)。

  • はじめに
  • 本書の構成・本書の使い方
  • キーワード一覧
  • 第1章 SLA研究から考える英語学習の大原則[中田達也・鈴木祐一]
  • 第2章 単語の学習[中田達也]
  • 第3章 文法の学習[鈴木祐一]
  • 第4章 発音の学習[濱田陽]
  • 第5章 リスニングの学習[門田修平]
  • 第6章 リーディングの学習[濱田彰]
  • 第7章 スピーキングの学習[神谷信廣]
  • 第8章 ライティングの学習[新谷奈津子]
  • 第9章 英語学習と個人差[新多了]
  • 第10章 動機づけ・学習スタイル・学習ストラテジー[廣森友人]
  • 第11章 子どもの英語学習[鈴木渉]
  • 第12章 留学による英語学習[佐々木みゆき]
  • 終わりに—SLA研究の活用法と注意点[中田達也・鈴木祐一]
  • 索引
  • 編者・著者プロフィール

次に、本書の本編各章がどのような進行パターンで進んでいくかを示そう。本編各章は大きく4つの部分からなり、具体的には以下のようなパターンで進んでいく(〔〕内は評者による説明)。

  • 1. 第二言語習得の専門家に聞いてみました
  • 2. SLA研究の最前線:〔その分野の最前線の研究〕
  • 3. さらに詳しく知りたい方のためのブックガイド
  • 参考文献

これだけだとまだ分かりづらいので、各部分の内実について簡単に補足しておこう。最初の「1. 第二言語習得の専門家に聞いてみました」は、英語学習法に関する問答集である。そこでは、その章が扱う項目(単語の学習、文法の学習、発音の学習、etc.)に関して英語学習者目線の質問が8個〜12個ほど提示され、そのそれぞれに対して、これまでの研究を踏まえた具体的な応答や助言が専門家からなされる。たとえば、単語の学習を扱う第2章では、「1日にいくつの英単語を学べば良いですか?」(p. 16)、「効果的な復習スケジュールはありますか?」(p. 19)といった質問が提示され、単語学習の専門家である分担執筆者(中田達也)の立場から専門的知見に基づく応答・助言がなされる。上記の例からも分かるように、それぞれの質問は素朴ながらも日々の学習実践に関わる切実なものであり、学習者にしてみれば「こんな質問をしてくれて助かる!」と思わず言いたくなるようなものばかりだ。また、それに対する応答も、学術的根拠(出典情報を含む)をきちんと示したものとなっており、読者として心強い。

(なおここで、「でも専門家だって間違うこともあるかもしれないから、ここに書かれた助言を実践して本当に大丈夫なのか」と思った人のために、簡単な付言をしておきたい1。たしかに一般論としては、専門家とて間違える可能性もゼロではないし、本書自身「終わりに」にて、科学の知見も時に塗り替わる可能性があるという注意を喚起してはいる。そのため、「現時点で言われている知見や助言が100%絶対というわけではない」ということは、念のため自覚しておいてよい。しかし、基本的には然るべき専門家によって堅実な学術的根拠とともに執筆された最新の情報である以上、ここでの知見や助言は一般の英語学習者が現状で手にできる最良の類であることも確かだろう。その意味で、学習者にできる最善の手立ては、本書に書かれているような学習法をできる範囲で参考にし試すことだと言うべきだろう。少なくとも、「専門家も間違えるかもしれないから」というだけの理由で、個人の主観や怪しい情報源に基づく学習法を実践するのは間違っている。この点は、念のため強調しておきたい。)

さて次の「2. SLA研究の最前線」では、その章が扱う項目に関する近年の研究が紹介される。たとえば第2章の場合、「英単語は文脈からの意味推測によって自然に覚えられる」とする近年の英語教育でもよく見られる主張が取り上げられ、それが本当かどうかに関わる実験研究(Mondria 2003)が紹介される(この研究は、簡単に言うと被験者たちにいくつかの条件のもと語彙学習をさせてその効果を比較したもので、そこでは「文脈からの語彙推測は、保持率が低いだけではなく、時間がかかり効率が良くない」(p. 27)といった結果が得られたという)。このように、ここでは実際の研究者たちが行なった実験・調査研究のあらましが、図やグラフなどとともに分かりやすく紹介される。第二言語習得論を大学や大学院で専攻してみたいという人にとっては、現場の研究者たちがどのような実験を実際にやっているのか気になるであろうから、こうした研究紹介はありがたいだろう。

そのあとに続く、「3. さらに詳しく知りたい方のためのブックガイド」と「参考文献」では、それぞれその章が扱う項目に関する書籍や参考文献が紹介される。とりわけブックガイドのほうは、それぞれの項目(単語、文法、発音、etc.)に関して書かれた優れた和書や洋書を紹介するもので、それぞれの本に対しては概要や各章分担執筆者による簡単なコメントも添えられている。この点もまた、第二言語習得論についてより深く学んでみたい人にとって、ありがたいところだろう。

以上のように本書は、英語学習に関する実用的な助言をもらいたいという読者の求めを満たしつつ、第二言語習得論について学術的に学んでみたいという読者に対しても有益な情報を提供してくれている。また、本書は全体で230ページだが、これは本書が取り扱っている内容の幅広さや豊富さを考えると、十分にお手頃な分量だと言ってよいだろう。今後多くの読者が本書を手に取ることを切に期待したい。

2. 本書の特徴

次に、本書の重要な特徴をいくつか述べたい。既述のとおり、本書は第二言語習得論の知見を初学者にも分かりやすいように解説した一冊である。これまでにも、第二言語習得論の入門書とでも言うべき日本語書籍(以下、「既存の入門書」と略記する)は数多く出版されてきたが、本書は決してそれら既存の入門書の単なる焼き直しなどではなく、一定の興味深い特色を兼ね備えている。特に、学術的な入門書でありながらも実用書としての側面を色濃く持つという点、取り上げる領域が手広く手厚いという点、そして肌理の細かい専門分業体制のもと分担執筆されているという点は、本書を特徴づける重要な点だと言える。以下では、このそれぞれについて、より具体的に説明しよう。

第1に、本書は学術的な入門書でありながらも実用書としての側面を色濃く持つという点で特徴的である。第二言語習得論の入門書としては、この分野の理論や歴史の紹介に主眼を置いたもの、研究の方法論の解説に主眼を置いたもの、第二言語習得に関する俗説の検証に主眼を置いたものなど、原理的には色々な切り口が可能だろう2。勿論、既存の入門書のなかにも実用面に一定の重点を置いたと思われる本は色々と出ているし3、そもそも第二言語習得論が応用言語学に属する学問である以上、この分野の入門書であれば多かれ少なかれ自ずと実用的示唆を持つことになるのもまた半ば必然的なことなのかもしれない。しかし本書の場合、実に本編各章のページ数のうち5割強〜7割強近くが英語学習法に関する実用的問答集に割かれており、その点でやはり、諸々の既存の入門書と比較しても実用書としての側面をかなり大々的に打ち出したほうの部類であるとの印象を評者は受けた。やはり一般の英語学習者の多くにとっては、日々の学習で感じる実用的な疑問の解消こそが一番の関心事であろうから、その意味で本書は一般の英語学習者にとって痒いところに手の届く一冊だと言えよう。

第2に、本書は取り上げる領域が手広く手厚いという点でも特徴的である。改めて第2章から第12章までの章立てを確認すると、「単語の学習」、「文法の学習」、「発音の学習」、「リスニングの学習」、「リーディングの学習」、「スピーキングの学習」、「ライティングの学習」、「英語学習と個人差」、「動機づけ・学習スタイル・学習ストラテジー」、「子どもの英語学習」、「留学による英語学習」と、多岐にわたる領域がバランスよく扱われている。評者の知るかぎり、既存の入門書でここまで多岐にわたる話題にそれぞれ1章ずつ紙幅を手厚く割いた本はなかなか見当たらない(既存の入門書の場合、たとえば4技能のすべてを1つの章でまとめて扱っていたり、留学の章がなかったりする)。その意味で本書は、「英語学習法に関してまずは一通りの知見を網羅・俯瞰したい」という要求をなによりも満たしてくれる日本語書籍だと言える。

第3に、本書は肌理の細かい専門分業体制のもと分担執筆されているという点でも特徴的である。あくまで評者の知るかぎりだが、既存の入門書の場合、概して単著であるか、もしくは多くて2〜3名程度の執筆者による共著形式で書かれている。勿論、これらも第二言語習得論の研究者によって書かれている以上は、相応の学術的信頼性を持つことは言うまでもない。しかし本書は、総勢11名の研究者がそれぞれの得意とする下位分野に集中して分担執筆していることで、より狭い意味での専門家から専門的知見や実用的助言を直接伝授してもらえるという贅沢な一冊となっている。ついでながら、この11名の執筆陣は、「いずれもSLA研究の最前線で活躍しており、国内のみならず国際的にも専門家として認知されている者ばかり」(p. iii)と「はじめに」で言われている点も付記しておく。

以上をまとめると、本書は英語学習にまつわる幅広い領域に関して、狭義の専門家が実用的観点から分担執筆した第二言語習得論本だと言える。少なくとも評者の知るかぎり、これら3つの特徴を本書ほど豊かに兼ね備えた既存の入門書はなかなか見当たらない。このため、第二言語習得論の初学者だけでなく、すでに既存の入門書を何冊も読んだことのある人にとっても、本書は新たに手に取る価値が高いと言えるだろう。

3. 本書で気になった点

次に、評者が本書を読んでいて気になった点を述べるとともに、それを踏まえた評者自身による提案を行なうこととしたい。とはいえ、総勢11名もの執筆者によって分担執筆され内容も多岐にわたる本書について、すべての気になる論点を逐一挙げても却って煩瑣だろう。そこで、ここでは本書の活用法とも深く関わる、「終わりに—SLA研究の活用法と注意点」(以下、「終わりに」と略記)での記述に焦点を当てることとしたい。本書は第二言語習得論の知見に基づく英語学習を大いに推進するものであるが、一方で第二言語習得論を現実に応用する際には注意しておくべき点もあるとしている。以下で問題にしたいのは、この注意点を一般の英語学習者が実際のところどう運用するのかという点である。

本書「終わりに」の「SLA研究成果を応用する上での注意点」を見ると、この分野の知見を現実に応用する際の注意点が大きく2つ提起されている。第1の注意点は、「過剰な一般化をしない」(p. 221)というものだ。これは簡単に言えば、同じ学習法でも学習項目(単語、文法、発音、etc.)や学習環境(教室環境なのか否かなど)といった様々な条件によって学習効果が変わりうるので、そうした諸条件を無視してある学習法がどんな場合にでも効果的だと早とちりするべきではない、という訓告である。執筆者(中田達也・鈴木祐一)自身の出す例を挙げると、たとえば単語学習の場合に効果的であることが示された学習法であっても、文法学習の場合は最善の学習法でないと判明することがある。あるいは、実際の教室環境での学習効果を調べた第二言語習得論研究は少なく、かつ教室環境は様々な要因が影響する複雑な場であるため、この分野の研究成果を教室での教育に応用する際にはより慎重になるべきだという。

また第2の注意点は、「SLA研究の知見は、科学的に『証明されている』わけではない」(p. 222)というものだ。ここで執筆者が言いたいのは、要するに現時点で専門家が手にしている知見が最終的かつ絶対的なものなのではないことにも念のため注意せよ、ということである。執筆者によれば、第二言語習得論なる分野は、絶えずより科学的でより正確な研究を目指して改善している途上にある学問である。そうした改善努力の例として、たとえば「研究手法に特化した国際学術誌(e.g., Research Methods in Applied Linguistics)の発刊や、研究結果の再現可能性を検証すること(e.g., Marsden, Morgan-Short, Thompson, Abugaber, 2018; Porte, 2012)」(p. 222)といった努力を執筆者は挙げる。しかし、このように絶えず改善途上にあるということは、言い換えれば本書に書かれているような知見もあくまで現時点でのものであり、したがって「今後塗り替えられる可能性があるかもしれません」(p. 222)と執筆者は訓告する(この点は、本書評「1. 本書の概要」で述べた付言とも直接関わる論点である)。

しかしながら、たとえこうした訓告が妥当なものだとしても、そこにはまだまだ解決されるべき課題が残っているように思われる。たしかにここで言われているような訓告それ自体は、第二言語習得論と上手に付き合うための一般原則として間違ってはいないのだろう。しかし、こうした訓告を実際の場面で運用するとなると、本書が主たる読者として想定しているであろう第二言語習得論の非専門家にとっては、難しい点も色々と出てきそうである。以下では、特に第1の注意点に焦点を当て、このことを具体的に見ていきたい(第2の注意点をどう捉えるべきかについては、基本的に本書評「1. 本書の概要」の付言で述べたとおりである)。

まず、第1の注意点では、第二言語習得論の研究成果に対して「過剰な一般化をしない」ことが勧められているが、では厳密に言ってどこまでが「穏当な一般化」で、どこからが「過剰な一般化」になるのだろうか。執筆者が言うように、単語学習に関する知見を文法学習に関する知見に転用するのが「過剰な一般化」に当たる、というのは(本書にそのように書いてあるので)まだよいとしても、では単語学習に関する知見をイディオムや慣用句や構文の学習に転用するというのはどうなのだろうか。これもまた「過剰な一般化」に当たるのだろうか、それともまだ「穏当な一般化」の範囲内なのだろうか。第二言語習得論に関する深い学識やノウハウを備えた専門家ならまだしも、そうでない一般の英語学習者にとっては、この辺りの判断を自分でやるというのはなかなか難しいところだろう。

次に、「第二言語習得論の研究成果を教室での教育に応用する際にはより慎重になれ」という訓告にも、「ではどこまで慎重になるべきなのか」という疑問が残る。たとえば、ある学習法が非教室環境において効果的であることが研究によって示されたが、教室環境で効果的かどうかについてはまだ調べられていないとしよう。その場合、英語教師たちは、その研究成果を教室で応用することは一切やらずに、もっぱら純粋に理論的な知識に留めておくべきなのだろうか。しかしそうだとしたら、つまるところ教室での現場教師にとって、教室環境での学習効果を調べた研究がいまだ少ないとされる第二言語習得論は、まだまだ多くの場合知的好奇心を満たす以上のものではないのだろうか。またそうだとしたら、英語教師は(少なくとも今後教室環境での学習効果を調べた研究が一定程度増えるまでは)主に自分たちの旧来の経験や常識に頼って教室での授業を設計するほかないのだろうか。あるいは、仮にまだ教室環境での研究が少ないとしても、それでももっと積極的に教室で第二言語習得論を活用する方法があるのだろうか。あるとしたら、具体的にはどのような方法なのか。この辺りの判断加減をどうすればよいのかもまた、第二言語習得論の専門家ではない英語教師にとっては迷うところだろう。

以上のように、ここでの注意点や訓告はそれ自体としては妥当なものかもしれないが、それを実際の場面で非専門家が運用しようとすると、色々と難しい問題も出てきそうだ。では結局、非専門家はどうすれば上手にこうした注意点や訓告を実行に移せるのだろうか。この問題は、つまるところ「人々は第二言語習得論なる科学とどうすれば上手に付き合っていけるか」という、言わば科学論やメタ科学に属する問題である(ここで言う「メタ科学」とは、科学を一歩引いた(「メタ」な)視点から検討する営みを指す)。勿論、本書は第一義的には第二言語習得論や英語学習法そのものの教科書であって、科学論やメタ科学の教科書ではないので、上記のような課題をすべて解決していなくとも、第一義的な価値が失われるわけではないだろう。言い換えれば本書の価値は、あくまで第一義的には、本編各章で紹介される個々の知見の正確性や助言の有益性などによって判断されるべきなのだろう(どんな本にも相応の紙幅の制約があるので、一冊の本がすべての関連する疑問に答えるというのは無理な注文である)。とはいえ、本書が読者(の多く)として想定するであろう真剣な英語学習者や英語教師にとっては、これらの疑問が決して他人事ではないことも確かなはずだ。いずれにしても、その解決が望まれるところである。

では、こうした課題が解決されるには、今後どうしたことがなされるべきなのだろうか。ここではごく手短に、評者が有益であると考える1つの提案を述べることとしたい。すなわち、今後研究者や教育者たちが「第二言語習得論リテラシー」や「第二言語習得論の哲学」とでも呼ぶべき分野の研究を精力的に行なうとともに、この分野で得られた知見を積極的に社会に教育・還元してゆく、というものである。ここで言う「第二言語習得論リテラシー」や「第二言語習得論の哲学」とは、第二言語習得現象そのものを研究の対象とする第二言語習得論とは異なり、第二言語習得論という科学(およびその社会での応用)を考察の対象とする、言わばメタ科学である。こうしたメタ科学分野に特化した人々が今後研究や教育を活発化させることで、第二言語習得論の専門家と一般の英語(第二言語)学習者たちのあいだの橋渡しがより洗練された仕方でなされることが期待できる。

なお、評者がこうした取り組みを敢えて「第二言語習得論の哲学」とも呼びたいのは、やはりこうした取り組みにおいて哲学(者)が果たせる役割は大きいと考えるからだ。実際、科学研究やその応用について、メタ的な観点から研究・教育する、という仕事は、これまでまさに多くの哲学者がやってきたこと(の一部)であり、哲学者がこうした仕事のノウハウを第二言語習得論にも適用できない理由はないはずだ。そのことを示すよい先例が、脳神経科学である。第二言語習得論と同様、脳神経科学もまた、人間を対象としていると同時に、扱う内容に対する一般社会の関心が高い。一方で、数多くの根拠薄弱な俗説や誤解が流布しており、一般社会におけるリテラシー向上や、賢い応用のされ方が模索されるべきだという点でも、両分野は共通している。そうしたなか、これまで哲学者が脳神経科学者と手を取り合い、「脳神経科学リテラシー」なる分野の研究・教育を行なってきた実績は、特筆に値する。そこでは、まさに人々や社会が脳神経科学の知見をうまく応用できるようになるにはどうすればよいかということが模索され、様々な成果を生み出してきた(その1つの結晶は、信原幸弘・原塑・山本愛実[編著]『脳神経科学リテラシー』(勁草書房、2010年)に見ることができる)。こうした先例は、第二言語習得論と一般の英語(第二言語)学習者との関わりについて考える取り組みを始動する際にも大いに参考になるはずだ。

以上のように、人々と第二言語習得論とのうまい関わり方をめぐっては、難しい課題も色々と残る。しかしながら、その解決に向けてできることもまだまだあるはずだ。また、第二言語習得論に関する社会全体の科学リテラシーや科学コミュニケーションを向上させるうえでは、第二言語習得論や哲学の研究者だけでなく、一般の英語(第二言語)学習者自身にも、これまで以上に積極的な役割が求められるかもしれない。評者としては、第二言語習得論の研究者と哲学の研究者、そして一般の英語学習者たちが互いに手を取り合い、いまよりもよい仕方で社会が第二言語習得論と付き合う日が来ることを、大いに期待したい。

4. 文献案内

最後に、本書に関連する文献を紹介しよう。とはいえ、なにより本書自身が豊富な文献案内を含んでいるから、以下では日本語で読める、英語学習法や第二言語習得論全般に関する代表的入門書を挙げるに留めておく。本書を読んで、第二言語習得論のより個別具体的な話題や下位分野に興味を持ったという人には、まずは本書に書かれている文献案内を参考にしてみることをお勧めしたい。

  • 白井恭弘『英語教師のための第二言語習得論入門 改訂版』(大修館書店、2023年)
  • 白井恭弘『英語はもっと科学的に学習しよう』(中経出版、2013年)
  • 白畑知彦[編著]『英語習得の「常識」「非常識」—第二言語習得研究からの検証』(大修館書店、2004年)
  • 新多了『「英語の学び方」入門』(研究社、2019年)
  • 馬場今日子・新多了『はじめての第二言語習得論講義—英語学習への複眼的アプローチ』(大修館書店、2016年)
  • 廣森友人『英語学習のメカニズム—第二言語習得研究にもとづく効果的な勉強法』(大修館書店、2015年)

謝辞

本書評の執筆にあたって、本書の編著者のお1人である中田達也氏、またTARB評議員である天本貴之氏、そして植原亮氏、佐藤亮司氏、杉山弦氏、林禅之氏、藤原諒祐氏、山崎かれん氏(五十音順)に、草稿を読んでいただくとともに、コメントを賜りました。深く感謝申し上げます。

1ここで述べる論点を指摘してくださった佐藤亮司氏に感謝申し上げる。

2たとえば、馬場今日子・新多了『はじめての第二言語習得論講義—英語学習への複眼的アプローチ』(大修館書店、2016年)では、第二言語習得論の理論や歴史の紹介に大きな重点が置かれているように思われる。また、白畑知彦[編著]『英語習得の「常識」「非常識」—第二言語習得研究からの検証』(大修館書店、2004年)は、英語習得に関する俗説の検証を行なうという主旨で書かれた本である。

3たとえば、新多了『「英語の学び方」入門』(研究社、2019年)は、前半が「理論編」、後半が「実践編」となっており、第二言語習得に関する理論と実践の双方が学べる本という体裁になっている。また、白井恭弘『英語はもっと科学的に学習しよう』(中経出版、2013年)では、英語学習法に関する実践的助言が色々と書かれており、実用的問答集に丸々1章分が割かれている。

出版元公式ウェブサイト

研究社 (https://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-45307-7.html)

評者情報

千葉 将希(ちば まさき)

東京大学大学院科学史科学哲学研究室の博士後期課程に在籍。専門は分析哲学、科学哲学。また、英語教育学や第二言語習得論を哲学的に考察する研究(「英語教育学の哲学」、「第二言語習得論の哲学」)の従事・普及にも関心を抱いている。これまで複数の大学で哲学や英語関連の非常勤講師を務め、特に早稲田大学では英語を媒介言語とする哲学教育や英語教育に、東邦大学と東京都立大学でも英語教育に従事している。(以上はすべて、本書評執筆時点での情報)。

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