2025年8月10日
Ian Hurd, International Organization: Politics, Law, Practice, 4th ed.
Cambridge University, 2021年
評者:原田 豪
はじめに
最近は,ニュースでInternational Organization (以下,国際機構)1を目にしない日はない.国際連合(United Nations,以下,国連)はウクライナ戦争,ガザ戦争に関連して(否定的にかもしれないが)その動向が必ず取り上げられる.経済ニュースなどでは,国際通貨基金(International Monetary Fund,以下IMF)や世界銀行(World Bank)提供のデータが当たり前のように紹介される.EUなどは「EUと日本の交渉では…」といった形で自然とニュースに登場し,普通の国と勘違いする人が(少なくとも評者が担当してきた講義では)いるほどだ.こうしてみると,国際機構は私たちの日常にありふれたものといえる.また,国際平和や世界経済の安定といった国際社会全体の課題に取り組んでいることから,国際機構が持つ重要性も想像できるだろう.
そのような身近さ・重要性にもかかわらず,改めて「国際機構とは何か」と問われると,即答できる人はきっと少ない.「国際機構って例えば国連とか…」と例を挙げることはできても,おおよその国際機構に共通する点を言える人はおそらくいない2.ひょっとすると,これらが国際機構と呼ばれていることすら知らない可能性がある.社会の多数派にとって,国際機構とは「見たり聞いたりすることは珍しくないが,あまりよく知らないもの」かもしれない.
では,研究者や外務省官僚をはじめとした政治に実際に携わる人々,いわゆる専門家ならばどうだろうか.「国家間で結ばれた条約によって設立された組織」や,「ある目的のために複数の国家が協力する体制」などが回答として挙げられそうだ.
これらの回答は間違いではない.だが,内容について考えていくと,「国際機構とは何か」といった疑問がさらに深まってしまう.例えば,国家間「条約」で設立された点に注目すると,「その条約で何が定められているのか」と疑問に思うかもしれない.そうすると,条約を研究する学問領域「国際法」の対象として国際機構を捉えることになる.一方,「複数の国家による協力」に目が向くと,「なぜ協力するのか」,「その協力の結果(影響)とは何か」といった部分に興味が湧くかもしれない.この場合,国家の行動を研究する「国際政治」の一環として国際機構を位置付けることになる.要するに,専門知識を持つ人からの回答をもってしても,「国際機構とは国際法と国際政治のどちらの領域に属するものなのか」というさらなる疑問が出てきてしまうのだ.
この「どちらの領域に属するのか」という問いは,実は単純で,「両方」が答えだ.条約は確かに国際法の一部だが,参加する国家が条約内容に合意しなければ成立しない.ここで「どのように合意が形成されたのか」と問いかけると,合意した国家の意思決定を調べることになり,国際政治の範疇に入ってくる.合意の結果成立した協力体制の結果を考察しようとすると,「その体制を運営するための手続きといった一連のルール」を知る必要が出てくる.つまり「どのようなルールが定められその意味するところは何か」を理解しなければならなくなり,国際法の知見の出番となる.このように事実に即して考えていくと,「どちらか」ではなく「国際機構とは国際法と国際政治に跨る存在」という捻りのないものが答えとなるわけだ.
しかし,「国際機構とは何か」という(あまり一般的ではない)関心を持ち,上述したような社会の多数派から外れようとする人にとって,この捻りのない答えは障害になるに違いない.初学者にとっては,「どうやって学べばよいのかが分からない」という問題になるからだ.「国際法と国際政治の両方に跨る存在」というからには,片方だけ学んでも不十分ということは想像できる.よって,両方の視点を学ぶ必要(&苦難)にまず気づかされる.だが,両方の視点を意識し学んでも,次第に「2つの要素の関連性」が決して自明ではないことに気づかされることになる3.言い換えるならば,「国際機構の持つ法・政治の二面性をどのように整理すべきか」という概念上の困難に向き合わなければならなくなるのだ.
この困難の解決を初学者に期待するのは酷だろう.すべての国際機構をカバーする分類や変化過程類型の提示といった理論研究へと繋がるものであり,膨大な研究の蓄積が必要な課題だからだ.しかしながら,その研究に挑むことになるかもしれない初学者に対し,国際機構の二面性への注意を促し,参考となるような方向性を示すガイドがあるに越したことはない.本稿では,そのようなガイドの1冊となりうる本,Ian Hurd, International Organization:Politics, Law, Practice, 4th ed., Cambridge University Press, 2021(以下,本書)を紹介する.まず,次の節で本書の提示する枠組みに重点を置きながら概要を見ていこう.その後に,「国際機構の二面性をどう捉えるか」に関し,評者が専門とするEU研究の知見を用いながら若干の考察を行いたい.
本書の概要
本書はその書名から察せられるように,国際機構研究の入門書となる.一般に,入門書は版を重ねれば重ねるほど,定番の教科書とみなされる.4版を重ねた本書もまた,初学者が手に取るべき本としての信頼を獲得したと考えて良いだろう.
著者のイアン・ハードはノースウェスタン大学教授で,国際関係論(International Relations)と国際法を専門とする.国際政治(International Politics)は国際関係論に含まれる分野と考えて差し支えない.つまり,既に述べてきた国際機構の二面性,国際法と国際政治の両方を著者は専門としている.この専門を反映してか,本書ではその序文に「国際政治と国際法の相互作用へと注目している点で他の入門書とは異なる」とある.まさに,国際機構の二面性を捉えようとする試みが本書の特徴とされているわけだ.国際機構における「法と政治の交錯」がどのように整理されるのか,その整理によって既存の国際機構がどのように理解されるのか.本節ではこの2点を中心に本書の概要を見ていこう.
本書は以下の全12章で構成されている.
第1章 国際機構論への導入
第2章 理論,方法と国際機構
第3章 国際連合I:ルールと運営
第4章 国際連合II:国際平和と安全保障
第5章 世界貿易機関
第6章 国際通貨基金・世界銀行
第7章 国際労働機関
第8章 難民・人の国際移動:国連難民高等弁務官,国際移住機関,難民の地位に関する1951年の条約
第9章 国際司法裁判所
第10章 国際刑事裁判所
第11章 EU,その他の地域機構
第12章 結論
理論的導入となる第1・2章と最後の結論以外はそれぞれ章題にある既存の国際機構を分析する内容となっている.「国際機構の二面性をどのように整理すべきか」は,第1・2章で詳しく論じられ,その後の部分で様々な国際機構に適用してみせるという流れになっている.
まず,導入となる第1章だが,ここでは国際機構という存在の中核に存在する矛盾を指摘することから始まり,その分析が試みられている.その矛盾とは「国際機構が主権国家間の誓約によって創られたもの」でありながら,「国際機構の存在意義とは創設者たる国家の選択を制限することにある」点だ.つまり,本来その行動に制限が課されない自由な主権国家が,自身の自由を制限する条約に合意し,監視の役割を担う国際機構を作り上げることは,自由を自ら放棄するという矛盾になってしまうのだ.
この矛盾に着目し,本書では国際機構が主権国家に及ぼす影響力の分析視角として,以下の3つを挙げている.まず,条約に規定されている,あるいはのちに条約の目的達成に必要と判明した「義務(Obligations)」は何か,次にその義務の「遵守(Compliance)」状況,最後に加盟国が違反した場合に国際機構が採る措置を対象とした「強制(Enforcement)」,これら3つの状況の分析が手順として提示されている.「条約に何が規定されているのか」という法学的視点から,条約および条約によって設立された国際機構が加盟国の行動に及ぼす影響の分析という政治学的視点への移行を反映したものといえるだろう.
第1章が法学的視点からの検討とすれば,第2章では同じ矛盾に対し,国際関係論の視点から「国際機構はどのようにして国際関係に影響を及ぼしうるのか」が考察されている.この考察では,国際機構による影響の及ぼし方について,「行動主体(Actors)として」,「場(Fora)として」,「資源(Resources)として」の3つに整理している.「行動主体としての国際機構」とは,加盟国とは異なる独立した存在として国際社会に認識されている状態を意味する.ここからは,国際機構が自立行動をとりうること,さらにはその行動が国家の行動に影響を与えることが示唆される.「場としての国際機構」では,一転して国際機構自体が何らかの行動をとるとは考えられていない.加盟国間の意見交換や議論を行う空間としてのみ機能し,国際政治に与える影響も国際機構で成立した「加盟国間合意の正統性」に因る.最後の「資源としての国際機構」では,より加盟国の意志に重きが置かれる.この見方では,加盟国が自国の都合に合わせて国際機構での決議などを利用する,すなわち道具として用いられる国際機構を提示している.このような多様な「影響の及ぼし方」が存在し,さらには一つの国際機構がこれらすべてを備えることも珍しくないことから,「国際機構の持ちうる側面」として3つすべてを考慮する必要があるとこの章で主張している.
以下の章では,以上の分析視角を用いて,既存の国際機構を実際に分析している.著者の提示した「義務・遵守・強制」の順に従って見ていこう.
第3章は国連の主要機関全体の俯瞰にあてられている.この章は,まず国連憲章で定められている加盟国の義務や国連機関の権限を確認し,次にその遵守における問題,最後に違反と見られる加盟国の行動へのこれまでの対処方法,つまり強制に準ずる行動の分析が行われている.総じて,国連憲章の文言は曖昧なものが多く,加盟国に課せられた義務は明らかとは言い難い.また,国連安全保障理事会(以下,安保理)を除き,国連機関に与えられた権限には強制力が伴っていない.よって,法学的分析からは国連総会に多くの影響力を期待できないはずだが,「平和のための結集(Uniting for Peace)」―安保理が機能不全に陥った時に国連総会が代わって適切な行動を勧告できるとする決議―を打ち出すといった「創造的」な権限運用が実際には見られたことが指摘されている.
続く第4章では,国連憲章の平和と安全保障に関わる部分を分析している.この領域では,その決定に加盟国が従う義務が生じるという国連機関の中でも例外的に強力な権限を与えられた安保理が中心となる.安保理には「国際平和と安全保障への脅威」が生じた時のみに介入可能という制約が国連憲章によって課されている.だが,安保理の決定を覆す規定がないことから,安保理の決定次第で「脅威」の解釈は改変可能となり拡大してきた.実際には,安保理が介入をチラつかせながら自発的遵守を対象国に迫るに留まり,介入が行われることは珍しい.しかし,安保理が法的に有する権限からは,介入実現は常任理事国間の合意形成という政治的要素にかかっていることが示唆されるとこの章は結んでいる.
第5章は,関税および貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade,以下GATT)によって始まり,現在では世界貿易機関(World Trade Organization,以下WTO)が管轄する国際貿易ルールを取り扱っている.GATTの頃から見られる締約国の義務として,一方的な関税引き上げの禁止やあらゆる国内外品を「同等」に取り扱うとの原則がある.しかし,貿易という利害に直結するため,締約国によるルールの遵守は違反時のコストと遵守時の利益のバランス次第となる.違反する国が出た場合,国連とは異なり,GATT・WTOでは「被害国による違反国への報復を許す」形で制裁を行う.これは,まったくの「無法」よりも結果を予期しやすくルールに則ったやり取りを期待できるが,国家間の力の不均等を跳ね返すほどの効果はもたない.このように,存在する貿易ルール上で国々が政治的駆け引きを展開するという形での法と政治の交錯をこの章では提示している.
第6章は,冒頭で触れたIMFと世界銀行が対象となっている.この2つは,機構の構造,拠出金に見合った投票権の割り当て,融資をその主な役割とする点など,多くの共通点を有する.一方,IMFが短期的な国際収支による国家財政の不安定化防止を目的とし,世界銀行は長期的開発を目的とする点で,同じ存在ではない.しかし,不遵守―延滞や未払い―に対する有効な強制手段が設立協定に書かれておらず,専ら「借り手の信用失墜」や「将来の融資判断」といった経路からの圧力を用いている点,その圧力による政策変更が正しいかといった議論を引き起こす点は共通している.この点に注目すると「貸し手-借り手」の関係性から,IMFや世界銀行が加盟国より優位にあるように見えるかもしれない.だが,融資実施の際には大国の意向を無視できず,また借り手となった国がデフォルトを盾に交渉を主導するなどの政治的側面もIMFや世界銀行の活動に見出されることが強調されている.
第7章は,労働者を保護するための国際労働基準制定を目的として設立された国際労働機関(International Labor Organization,以下ILO)が対象だ.ILOは,各国の政府代表だけでなく,労使代表も総会メンバーとなっている点で珍しい.加盟国の義務は,ILOが提案する労働基準の「検討」に留まり,法制化は加盟国次第とされている.ILOの権限は「労働環境レポート提出義務」を通じ,説明責任要求の圧力をかけるのみとなる.強力とは言い難いが,ILOによる労働基準提案には当事者となる労使代表の参加や加盟国の同意が必要なため,加盟国が実施困難な提案がされることは少なく,ILO規約違反は生じにくい.万が一の違反の場合は,労使も訴えが可能という点でWTOなどとは異なるが,ILOは勧告までしかできず強制手段を持たない.国際労働基準の設定という強い法的権限に対し,実際に各国の労働基準に及ぼす政治的効果は低いというギャップをILOの特徴として本章は挙げている.
第8章は国際難民問題に焦点を当て,関連する国際機構・条約を紹介している.取り上げられているのは難民条約,国際移住機関(International Organization for Migration,以下IOM),国連難民高等弁務官(UN High Commission for Refugees,以下UNHCR)の3つだ.難民条約では,難民と認定するための基準と共に,署名国の義務として難民の強制送還禁止などを定める.しかし,難民申請自体ができないよう上陸(入国)を阻んだりするなど,事実上の不遵守が蔓延っている.難民条約自体にはこれを是正するための強制手段は含まれていないが,国連総会で設立されたUNHCRが実質上の難民条約遵守監視および状況改善の役割を果たすようになった.一方,IOMは難民をも含む「人の国際移動」全体を対象とするため,国境管理といった国家の役割の支援を行うことが多い.支援計画に限定した資金提供が多いことから,IOMの自由となる財源の欠如が,アクターや場というよりも国家が活用するリソースとしてのIOMの性質を強めていると本章は主張している.
第9章は国家間紛争を裁定する国際司法裁判所(International Court of Justice,以下ICJ)に割り当てられている.判決を国に命じるという点で,国際機構の矛盾を最も体現する存在と言えるだろう.だが, ICJの権限は非常に限定的で,国連憲章付随のICJ規定は,「当事国がICJの決定に従うと何らかの形で同意している」時のみ判決は拘束力を持つとしている.国家主権保護が優先されているのは明らかだ.一方,国連総会に(拘束力を持たない)法学的助言を提出する役割から,時にある行動を正当化し国際政治に影響を与える.判決遵守は最終的に加盟国次第であるため,ICJの影響力を推し量ることは難しい.さらに,ICJの判決に従わない場合は国連安保理へと案件が回され,ICJが関与する余地はない.結果として,判決で国の行動を直接拘束するという点では大きな力を持たないが,その裁定が法学的正統性を付与するため,ICJが国際政治に及ぼす影響力は無視できないと本章は論ずる.
第10章の国際刑事裁判所(International Criminal Court,以下ICC)は,国際法が個人にも適用されるようになった点で,国際法上の転換点とされる.その設立文書であるローマ規定では,戦争犯罪・ジェノサイド・人道に対する罪を犯した個人をICCの対象としている(侵略罪適用は一部締約国のみ同意).但し,安保理決議の場合を除き,その犯罪が被疑者の国籍・現場のいずれかで締約国と関連する場合に限られる.一方,捜査開始自体はICCの判断で可能なため,一定の自律行動が可能だ.締約国には,被疑者の逮捕・送還を含むICCへの「全面的」協力が義務となっている.だが,違反時の罰則は特に定められていない.このため,ICCによる訴追が懸念として国内政治に影響を与える一方,国々の協力が得られない場合には捜査や逮捕もままならないという実効力不足の二面性を抱えていると本章では指摘されている.
地域統合を目的とする国際機構が第11章のテーマとなる.取り上げられているのは,EUをはじめ,東南アジア諸国連合(Association of South-East Asian Nations,以下ASEAN),アフリカ連合(African Union,以下AU)や米州機構(Organization of American States,以下OAS)といった地域機構だ.これらは加盟国間の政策協調によって繁栄や平和といった共通利益を目指す点が共通している.だが,その組織や制度では大きく異なる側面もある.その多様性から他の章と同様の義務・遵守・強制手段に分けた分析を本章は適用せず,各々の概要に留まっている.まとめると,加盟国からの主権移譲によって(一定領域で)命令を下せるEU,加盟国の主権尊重を優先するAU,加盟国間会合が決定権を握るASEAN,加盟国間交渉の場となるOASといった特徴が挙げられる.本書の他の国際機構では特定問題の解決を目的とするが,これらは協調そのものを目的とする.地域機構間で加盟国の義務に大きな差異が生じる一因は,この目的かもしれないと本章は指摘している.
結論となる第12章では,まず,国際機構がそれぞれの歴史的背景,政治情勢を通じて義務・遵守・強制の手法を発展させてきたこと,しかしながら,その活動の多くは加盟国をはじめとした他のアクターの協力を必要とする点で共通していることが確認されている.さらには,ほとんどの国際機構は有効な強制手段を備えないため無力に思えるが,著者は強制といった直接的な力以外に,国内政治に新たな課題を導入させる「制度的影響力(institutional power)」,金融市場など他の構造の圧力を用いる「構造的影響力(structural power)」,人道などの新たな価値観の正統化による「生産的影響力(productive power)」といった間接的な力の存在を指摘する4.国際機構の評価を「どれだけ目的達成に貢献したか」の観点から行う時,その影響力がこのように多様であるならば,まず目的と手段の確認,すなわち,条約にある義務・遵守・強制の分析から始めるべきだとまとめられている.
コメント
まず,「義務・遵守・強制」の観点からの分析という(すべてにではないが)多種多様な国際機構に適用可能なアプローチを示した点で,国際機構理解の大きな助けとなっている点を評価すべきだろう.第11章部分で触れられている通り,通常の国際機構は特定領域における問題解決を目指し設立される.本書では少し異なるとされた地域機構においても,例えばEUでは共通市場の創設といった経済領域での目的が初期に設定されていた.この点ではEUはGATT・WTOと似た側面を持っている(いた)はずと考えられるが,逆に言えばUNやIMF,ICJとは異なるはずとの推論になる.実際に国際機構の「活動」に焦点を当てて調べ始めてしまうと,「関税の撤廃」と「武力制裁の可否」,「融資審査の実施」といった各国際機構の「違い」が浮き彫りになりやすい.よって,特定の国際機構を対象とした研究の方が行いやすく,国際機構間の比較といった「国際機構という事象」全体を捉える視点を獲得し難くなるだろう.
本書では,「国際機構が多国間合意を基に設立されている」点に注目し,この傾向を克服する一つの方法を提示している.通常,このような合意は,条約・協定など呼び名は様々だが,一定の書式に従った法的文書として成文化される.本書は,この文書にほぼ必ず含まれる参加国がやるべきこと,「義務」を手がかりに,「どうやって義務を守らせているか」,「守らなかった場合にどのような措置を講じるか」―それぞれ「遵守」,「強制」―と関連する段階へと分けることで,国際機構に共通する出発点の多国間合意から始められる分析アプローチを提示する.さらに各段階で展開しうる政治的側面を章ごとに取り上げられた主要な国際機構の事例で指摘することで,初学者にも分かり易い形で法と政治の二面性を整理している.国際機構「論」のガイドとして申し分ない.
各章では,主要な国際機構への適用だけでなく,その国際機構が抱える課題を象徴する事例を詳細に説明している.国際機構論だけでなく,特定の国際機構研究を志す者にも役立つ点からも,「国際機構を学ぶための教科書」に相応しい.
とはいえ,「国際政治と国際法の相互作用」という観点からは,若干の補足が必要だろう.ここでは三点指摘したい.第一は,分析アプローチで「国際法が主・国際政治が従」とも受け取れる形になっている点だ.各分析段階で「条約に書かれている加盟国の義務とは何か」,「条約に埋め込まれている加盟国に遵守を促す仕組みは何か」,「違反の場合にどうすると書かれているか」といった法学的分析から始まり,条約内容の解釈や適用方法を巡る国家間の政治交渉の描写へと移る流れが本書では示されている.「条文ありき」の手順といえよう.
しかし,条文そのものは多国間交渉で形成されたものだ.国連の章で拒否権導入の経緯が述べられるなど各章でも言及があるため,完全に無視したとまでは言えないが,国際機構の設計時には政治が中心となる点も強調すべきだろう.言い換えれば,「法→政治」だけでなく「政治→法」の作用も忘れるべきではない.
次の点も同じく「政治→法」の側面についてだが,「時点」で異なる.ほとんどの国際機構には主権国家に対して有効な強制措置が備えられていない.だが,本書の結論部分で明記されていたように,国際機構が加盟国に及ぼす影響は多様で,条文からだけではその影響力はうかがい知れない.よって,直接的な強制だけでなく,間接的な影響力によっても国際機構は加盟国の行動に影響を及ぼす可能性がある.つまり,義務を遵守「させる」仕組みや違反行動の帰結には,「国際機構が存在するために生じた主権国家の行動制約」が見いだされうることになる.
ここにもまた「政治→法」の存在が予期できる.この行動制約効果は,「国家の行動の自由が制限されることは望ましくない」との(おそらく自明の)国家の立場からすれば,国際機構を設立した国家にとって国際機構が望ましくない効果を及ぼしたことを意味する.では,その望ましくない効果に対し,国家はどう対応するだろうか.あくまで,国際機構(の基となった条約)は国家による創設物だ.よって,国家は「望ましくない効果を及ぼさないような条約変更」を試みるのではないだろうか.国際機構による影響,つまり国際機構設立条約という法からの影響に対し,根本となる法の是正を図る政治的行動が条約交渉「後」にも条約改定といった形で観察できるのではないか.
無論,話はそう単純ではないだろう.多国間条約であることから,条約改定には再度全加盟国の合意が必要となる.「条文変更」という明らかな形での是正は非常に困難だろう.しかし,他の形での実質的条文変更もありうる.本書でもしばしば言及されていた「条文解釈の変更」や「条文の拡大解釈」なども,条文が生み出す実際の効果を変更するという点で条文変更に等しい帰結をもたらす.確かにその可能性は低いものとなるだろうが,「国際政治と国際法の相互作用」に焦点を当てるならば,「政治→法」の作用により注意を促す必要があると評者は考える.
最後に,第一点と第二点を合わせることで生まれる新たな分析視角を強調しておきたい.本書で強調している「法→政治」の視角だけでは一方通行となる.言い換えれば,「既存」の条文内容や解釈から生じる問題や政治交渉まででその視界は閉ざされてしまう.結果として,国際機構の変化(発展)過程全体ではなく,切り取った一部分の分析になってしまう.
だが,「政治→法」の観点を取り込むことでこの視界の限界を超えることが可能だ.問題や政治交渉の「結果」為されるだろう様々な条約変更の視角も合わせれば,その視界は「法→政治→法→政治…」という相互作用の「循環」にまで広がりうる.この循環モデルならば,国際機構の変化過程全体を捉えることができるだろう.この循環モデルは「義務(あるいは義務を決める条約交渉)」を始点として設定できることから,あくまで本書で提示された分析アプローチに従ったその延長線上にあるものだ.よって,その適用可能性も同等のものが期待できるのではないだろうか.
評者が専門とするEUでは,幾度かの公式な条約改定を経ており,上記の循環が想定しやすい.だが,既に述べたように,この循環モデルは本書の「国際政治と国際法の相互作用への注目」という問題意識に従い,補完しようとした結果としても現れてくるものだ.本書では「協力自体を目的とした国際機構」として,EUを若干例外扱いしている.だが,本書で提示されたアプローチの拡張の先にEUへの適用可能性も見えてくるとするならば,これは本書で提示されるアプローチが持つガイドとしての価値を裏付けるものといえよう.
文献案内
ここでは日本語で書かれ,国際機構を学び始める際に入門書となりそうな文献や,さらに視野を広げるような文献を挙げる.視野を広げることを優先し,国連やEUといった特定の国際機構をテーマとした文献はできるだけ避け,国際機構一般を取り扱ったものを選ぶよう心掛けた.
①と②は学部生を念頭に置いた入門書で,どちらも様々な国際機構の活動を紹介しながら,歴史的背景や現在の課題などを提示してくれる.
③は入門書と呼ぶには難しい内容だが,紹介文献とは異なった視点で,でも法と政治の交錯といった同じ問題などを見据えながら,国際関係理論にまで及ぶ考察を行っている.そのため,初学者の水準以上に学びを深める上で大いに参考となるだろう.
④は,この書評では触れられなかった(でも紹介文献内では触れられている)「特定のイッシューを巡って形成される多様なアクターによる統治」,グローバル・ガバナンスに繋がる観点を示してくれる.⑤ではさらにグローバル・ガバナンスに関する知見が得られる.合わせれば,国際機構をまた異なった視点から捉えるのに有益だろう.
①山田哲也 2018,『国際機構論入門』,東京大学出版会.
②滝澤美佐子・富田麻里・望月康恵・吉村祥子編著 2016,『入門 国際機構』横田洋三 監修,法律文化社.
③最上敏樹 2016,『国際機構論講義』,岩波書店.
④庄司克宏編 2021,『国際機構 新版』,岩波書店.
⑤山本吉宣 2008,『国際レジームとガバナンス』,有斐閣.
謝辞
本書評は科学研究費助成事業若手研究(24K16316)の助成を受けている.西川太郎氏(神戸大学大学教育推進機構助教)からは草稿へと有益なコメントをいただいた.この場を借りて厚く感謝を申し上げたい.
注
1International Organizationの訳語としては,「国際機関」が新聞などでは用いられる.しかし,「非政府組織によるもの」にも用いられる傾向があり,本書の対象とする「国家間で設立されたもの」とは限らない.よって,本稿では「国家間で設立されたもの」の訳語を「国際機構」に統一する.
2「おおよそ」としたように,後述の共通点も「すべて」の国際機構に当てはまるわけではなく,例外が存在する.
3「国際機構をどう学ぶか」の点に関しては,最上敏樹 2016,『国際機構論講義』岩波書店,第7章が詳しい.
4これらの詳細については,Barnett, M. and Duvall, R. 2005を参照.
参考文献
- Barnett, M. and Duvall, R. 2005, ‘Power in International Politics’. International Organization, Vol. 59, No. 1, pp. 39-75.
- 最上敏樹 2016,『国際機構論講義』,岩波書店.
評者情報
原田 豪(はらだ すぐる)
現在,摂南大学国際学部特任講師。専門は国際関係論,特にEU研究.神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート(Promis)学術研究員を経て現職.
researchmap:https://researchmap.jp/Suguru_HARADA